来たる世界 2075 テクノロジーと崇高

来たる世界 2075 テクノロジーと崇高

来たる世界 2075  テクノロジーと崇高 来たる世界 2075  テクノロジーと崇高

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ある未来都市では雨が絶え間なく降り続いている。大洪水は現在では何年も続き、人々の想像力や欲望を変え、無限に乾燥した砂漠を夢見ている。映画館では、バッハのコラール前奏曲によって描写される「ソラリス(Solaris)」や「ラ・ジュテ(La Jetée)」のシークエンスがループしている・・・ 「来たる世界」の断片的描写。
「来たる世界」とは、私たちと自然との関係というテーマに真の緊急性を与え、気候変動、種の絶滅、汚染、再生可能エネルギー、人口過剰などの課題を浮かび上がらせる。私たちはこのように自然を明確に関係的な観点から考えることができ、それによって、自然に対する 超越的知識と日常的知識の両方の中で、新しい知識とテクノロジーを生み出すことができる。その結果、テクノロジーは、「来る世界」の自然環境に適応できる私たち人間の心身の変容をもたらすこととなる。
マルティン・ハイデッガーの論文「世界像の時代」による考察は、現代をメディアと技術による支配が顕わになる表象の時代として捉え、メディア社会についての批評的思考を提示した。 人間が主体化する世界を表象のプロセスとし、表象として括られた世界を「世界像」と呼んだ。そして、近代的主観性がメディアを通じた共同性をたずさえたことによって、主観と客観が没入的に一致した全体主義的世界(「惑星的帝国主義」)へ向かうのではないかということを示唆している。
自由、人権、民主主義という「普遍的価値」を掲げた近代社会は、人間の際限のない欲望を肯定し、その欲望を原動力とする資本主義は今やグローバル化され、さらに国益をめぐる国家間の激しい競争にまで発展してきている。本展覧会では、現代におけるアポリア(解決の糸口を見いだせない難問)を前提に、新たなコミュニケーション間のプロトコルを起動させ、パブリックな意思決定のイメージに介入するアーティストたちのメッセージを発信する。



飯田髙誉
(本展企画者/スクールデレック芸術 社会学研究所所長)

2075:技術崇高 テクノサブライム 2075:技術崇高 テクノサブライム

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テクノロジーの驚異的な進化は、私たちの理解の範囲を超え、しばしば「不気味さ」を伴う存在となりつつある。20世紀の心理学者ジグムント・フロイトが「不気味なもの」として言及した、見慣れたものが一変して異質に感じられる現象は、AIやバイオテクノロジーが日常生活に深く浸透した現代の芸術に強く現れている。本展では、この感覚を「技術崇高」と呼び、香港の思想家ユク・ホイやフランスのキュレーターであるエレーヌ・ゲナンの考察と共に文脈化し、私たちの感性を問い直す。
「崇高」。それは美しく暴力的な「自然」がリヴァイアサンのような深淵の怪物に例えられた時代から、芸術家の創作の源泉となってきた感覚だ。18世紀の哲学者は、荒れ狂う海や落雷、氷河など圧倒的な自然の力に魅了される体験を「崇高」と表現した。しかし、観光地化され温暖化で消えゆく氷河や汚染された海を前に、私たちはかつての「崇高」を感じられるだろうか。むしろ今、私たちが畏れるのは自然よりも、人工知能の暴走や原子力事故、人工ウイルスなど制御不能な技術に変化している。
フランスのエレーヌ・ゲナンがポンピドゥー・センター・メスで企画した「崇高」展は、近現代美術史・人類学・建築史を横断し、崇高の歴史的変遷を包括的に提示したが、本展ではこの系譜を踏まえ現代作家が提示する「技術崇高」を考察する。
本展の作家たちは「抽象的具象」とも呼ぶべき形式を持ち、異種混合の「キメラ」を創造し、指数関数的に発達するテクノロジーの神話を主題とする点で地域を超えた同時代的特徴を共有する。歪なキメラを通じて、アンドレア・サモリーはバロック期の崇高を再解釈し、井田大介は複眼の怪物に監視社会を象徴させる。牧田愛は、極限的に抽象化された人工物で技術への畏怖を表現し、イオナ・ズールは「人工子宮」で生殖が技術化された未来を問う。これらの作品に宿る技術崇高は「ある限界の経験」であり、観る者を人新世という人工物に囲まれた時代の本質へと誘う。人工物と自然、現実と仮想の境界が消えた世界で、加速する技術が生み出す不可解な未来の美しさと危うさを感じ取れ、と。



高橋洋介
(共同キュレーター/展示統括/全作品解説執筆)

アンドレア・サモリー アンドレア・サモリー

アンドレア・サモリーの彫刻《キメラ》シリーズは、目・肌・筋肉のような身体の断片と抽象的な形と組み合わせた異形の造形で、人工と自然、生物と無生物という二項対立を曖昧にする点において、謎めきグロテスクで美しい。細部にわたる質感のリアリズムがありつつも、全体像は抽象的な作品の構造は、人間が持つゲシュタルト認知――断片から全体像を構築する能力――を刺激し、生命の人工的な進化や未来像を想像させる。題名の「キメラ」(異なる生物の要素を融合させた神話上の存在)と制作手法を現代における遺伝子操作や人工生命の隠喩と解釈するなら、生命の進化や創造が神の領域ではなく、人間の手によって加速する時代を鮮やかに映し出し、人類が自然をどのように再構築できるかを問う。

アンドレア・サモリーの彫刻《キメラ》シリーズは、目・肌・筋肉のような身体の断片と抽象的な形と組み合わせた異形の造形で、人工と自然、生物と無生物という二項対立を曖昧にする点において、謎めきグロテスクで美しい。細部にわたる質感のリアリズムがありつつも、全体像は抽象的な作品の構造は、人間が持つゲシュタルト認知――断片から全体像を構築する能力――を刺激し、生命の人工的な進化や未来像を想像させる。題名の「キメラ」(異なる生物の要素を融合させた神話上の存在)と制作手法を現代における遺伝子操作や人工生命の隠喩と解釈するなら、生命の進化や創造が神の領域ではなく、人間の手によって加速する時代を鮮やかに映し出し、人類が自然をどのように再構築できるかを問う。

井田大介 井田大介

井田大介の彫刻《シノプテス》は、デジタル技術が生み出す監視社会の恐怖と美しさを映し出す。題名は、ギリシャ神話の100の目を持つ巨人「アルゴス・パノプテス」と、ノルウェーの社会学者トマス・マシーセンが提唱した社会構造「シノプティコン」を掛け合わせた造語だ。複眼の怪物はデジタル画像をつぎはぎしたコラージュのように、ふたつの人体が分解・再接合されている。身体中に埋め込まれた無数の眼球は、部屋の中にいる人間を感知して動き続けるようプログラムされており、街中の監視カメラやSNSのようなテクノロジーの多視点相互監視の恐ろしさを感じさせる。井田は本作で自己と他者の視線が交錯するデジタル社会の支配構造を批評的に捉え、その畏怖を神話的な異形の造形へ変換している。

井田大介の彫刻《シノプテス》は、デジタル技術が生み出す監視社会の恐怖と美しさを映し出す。題名は、ギリシャ神話の100の目を持つ巨人「アルゴス・パノプテス」と、ノルウェーの社会学者トマス・マシーセンが提唱した社会構造「シノプティコン」を掛け合わせた造語だ。複眼の怪物はデジタル画像をつぎはぎしたコラージュのように、ふたつの人体が分解・再接合されている。身体中に埋め込まれた無数の眼球は、部屋の中にいる人間を感知して動き続けるようプログラムされており、街中の監視カメラやSNSのようなテクノロジーの多視点相互監視の恐ろしさを感じさせる。井田は本作で自己と他者の視線が交錯するデジタル社会の支配構造を批評的に捉え、その畏怖を神話的な異形の造形へ変換している。

牧田愛 牧田愛

AIと人間の創造性の交差を探求する牧田愛の《動的平衡》は、生命のように蠢く不可解な物質の塊を抽象的に描く。細部は一見すると工業部品のように見えるが、実際は作家が都市の中で発見した看板や廃棄物などの画像を人工知能に読み込ませ、何かわからなくなるほど極限まで抽象化を進めたものだ。小枝から高層ビルにいたるまで人工物と自然物が現実のスケールを無視して融合し、ひとつの「モノ」として概念レベルにまで捨象されている。アメリカの哲学者ティモシー・モートンは、プラスチックや放射性物質などの人工物が人間の時間的尺度をはるかに超えて拡がり存在し続けることの「不気味さ」を指摘したが、牧田の絵画と映像では、そのような人間を超えた存在としての「モノ」への恐れと憧れが美しく暴かれる。

AIと人間の創造性の交差を探求する牧田愛の《動的平衡》は、生命のように蠢く不可解な物質の塊を抽象的に描く。細部は一見すると工業部品のように見えるが、実際は作家が都市の中で発見した看板や廃棄物などの画像を人工知能に読み込ませ、何かわからなくなるほど極限まで抽象化を進めたものだ。小枝から高層ビルにいたるまで人工物と自然物が現実のスケールを無視して融合し、ひとつの「モノ」として概念レベルにまで捨象されている。アメリカの哲学者ティモシー・モートンは、プラスチックや放射性物質などの人工物が人間の時間的尺度をはるかに超えて拡がり存在し続けることの「不気味さ」を指摘したが、牧田の絵画と映像では、そのような人間を超えた存在としての「モノ」への恐れと憧れが美しく暴かれる。

イオナ・ズール イオナ・ズール

イオナ・ズールの《人工子宮》は、人間の生殖と体外受精が技術によっていかに拡張されうるのかを探求するプロジェクトだ。ヒトの胎盤に存在する微生物までも再現する代理子宮としての孵化器(インキュベーター)を、組織工学の科学的プロセス――生体試料の保護、MRI、灌流、腐食鋳造など――を用いて開発し、生体外妊娠のための人工的な環境を芸術と科学を超えて研究する。イギリスのSF小説家オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』では、幼児が社会階級に合わせて調整されるディストピアが描かれるが、本作は、科学技術が可能にする「妊娠の外部化」によって、生殖が抱える死の危険性から人間が解放される可能性とデザインされた生殖の危険性を思弁的に問い、その倫理的・哲学的な問題を浮き彫りにする。

イオナ・ズールの《人工子宮》は、人間の生殖と体外受精が技術によっていかに拡張されうるのかを探求するプロジェクトだ。ヒトの胎盤に存在する微生物までも再現する代理子宮としての孵化器(インキュベーター)を、組織工学の科学的プロセス――生体試料の保護、MRI、灌流、腐食鋳造など――を用いて開発し、生体外妊娠のための人工的な環境を芸術と科学を超えて研究する。イギリスのSF小説家オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』では、幼児が社会階級に合わせて調整されるディストピアが描かれるが、本作は、科学技術が可能にする「妊娠の外部化」によって、生殖が抱える死の危険性から人間が解放される可能性とデザインされた生殖の危険性を思弁的に問い、その倫理的・哲学的な問題を浮き彫りにする。

出展作家 出展作家

アンドレア・サモリー

1991年生まれ、イタリア出身。東京を拠点に活動。2017年イタリア・フェラーラ建築大学建築学修士号修了。インターネット以後の情報化された「自然と人間」をテーマに、神話的な作品を制作。主な個展に「Overgrowth」(Contrast、東京、2023年)など。主なグループ展に、「One Art Taipei」(2024年、台湾)、「Art Central HK」(2024年、香港)、「Generation(Z)」(2023年、イタリア)など。「99 Future Blue Chip Artists 2024」(ロンドン)最終選考選出。

井田大介

1987年鳥取県生まれ、東京都在住。2015年東京藝術大学大学院美術研究科修了。彫刻という表現形式を問いながら、彫刻・映像・3DCGなど多様なメディアを用いて、目には見えない現代の社会の構造やそこで生きる人々の意識や欲望を視覚化。最新の個展に「SYNOPTES」(2023、TEZUKAYAMA GALLERY)など。主なグループ展に「かさなりとまじわり」(2024,青森県立美術館)「遠距離現在 Universal / Remote」|(2024、国立新美術館)、「日本国憲法展 」(2023、 青山|目黒、東京)、「Grid Island」(2022、ソウル市美術館、韓国)など。

牧田愛

1985年千葉県生まれ。東京藝術大学大学院芸術学専攻美術教育研究科修了。東京とニューヨークを拠点に活動。絵画や映像など複合メディアによってAIと人間の創造性の交差を探究。近年の主な展覧会に「Tectonic Shifts」(The Something Machine、ニューヨーク、2022)、「Species」(六本木蔦屋書店ギャラリー、東京、2022)など。主な受賞に、ポーラ美術振興財団海外派遣助成、 オランダ王立アカデミー最終選考選出、岡本太郎現代芸術賞など。

イオナ・ズール

1970年ロンドン生まれ。アーティスト/研究者。西オーストラリア大学デザイン学部美術学科准教授。1996年に培養工学の芸術表現プラットフォームThe Tissue Culture & Art Projectを立ち上げ、2000年に西オーストラリア大学(UWA)に国際的なバイオアートの機関SymbioticAをOron Cattsとともに設立。バイオアートの先駆者のひとりと見做され、その作品は、ニューヨーク近代美術館などに収蔵されている。最近の共著に『Tissues,Cultures, Art』(Palgrave McMillan, 2023)など。

来たる世界 2075  テクノロジーと崇高 来たる世界 2075  テクノロジーと崇高

会期
2025年2月11日(火・祝) - 3月16日(日) ※休館日: 2月17日(月)
会場
GYRE GALLERY丨
東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
お問い合わせ
0570-05-6990 ナビダイヤル (11:00-18:00)
主催
ジャイルギャラリー /
スクールデレック芸術社会学研究所
企画
飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
共同キュレーション
高橋洋介(DECONTEXT)
グラフィックデザイン
乗田菜々美
意匠協力
C田VA(小林丈人+髙田光)
展示制作協力
Artifact
撮影協力
幸田森
PRディレクション
HiRAO INC
展覧会出展作家
アンドレア・サモリー / 井田大介 / 牧田愛 / イオナ・ズール
PRESS CONTACT
HiRAO INC
東京都渋谷区神宮前1-11-11 #608
T/03-5771-8808|F/03-5410-8858
担当:御船、鈴木