村田沙耶香のユートピア_〝正常〟の構造と暴力 ダイアローグ デヴィッド・シュリグリー ≡ 金氏徹平

狂気の最初の声がニーチェの傲慢、ヴァン・ゴッホの卑下のなかに、
いつ忍び込んだかを知ることは重要ではない。

狂気は創作活動の最終的な瞬間としてしか存在しない

― ミシェル・フーコー『新装版 狂気の歴史 - 古典主義時代における』(田村俶・訳、新潮社、2020年)

本展覧会「村田沙耶香のユートピア_〝正常〟の構造と暴力」展は、小説『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香の“ユートピア”という世界観を、村田沙耶香と現代美術家のデヴィッド・シュリグリー、金氏徹平との相互の作品を通じた対話によって浮かび上がらせていく。すなわち、展覧会では、村田沙耶香の3作品『消滅世界』(2015年12月、河出書房新社)と『コンビニ人間』(2016年7月、文藝春秋)、『生命式』(2019年10月、河出書房新社)を題材にして、デヴィッド・シュリグリーと金氏徹平によって新たに制作された作品を含めて構成される。さらに、現代音楽家の池田謙が小説『コンビニ人間』を通して得たインスピレーションを基に書き下ろした音楽作品”convenient”を会場内の一室で公開し、「コンビニエンスストアは、音で満ちている」(『コンビニ人間』)という一節と重ね合わせていく。
本展覧会では、村田沙耶香による学生時代に制作した絵画(4点)とドローイング(1点)、コラージュ作品(1点)が初公開されることとなった。村田にとっては、小説と絵画は表現方法こそ異なるものの創作活動という点では全く同一の根茎から発しているように見える。そして、その根茎の先に咲く村田沙耶香の小説群は、あたかも泥水の中から清浄な美しい蓮の花のように存在しているかのようだ。村田のアートワークは、本質的表現世界へとアプローチするための創作方法の原点を垣間見せる。「学生時代の授業で与えられた課題を前提にして制作したもの」と淡々と語る村田の絵画作品は、明らかに課題に縛られることなく授業とは異次元の方向に向かって制作されたことが見てとれる。出品作家のデヴィッド・シュリグリーや金氏徹平のアートワークに刺激され、自らの絵画作品に創作の原点を見出したのかもしれない。根茎から蓮の花と先に述べたように村田のアートワークを遠近法的に俯瞰すると、そのヴァニシングポイント(消失点)に『消滅世界』や『コンビニ人間』、『生命式』などの小説が立ち現れ、文学とアートが交錯する位相空間を現前化させる本展覧会への試みとした企画の原点であったことに改めて気づかされる。村田沙耶香における「実存」とは、すべて安全な距離をおいて観察する現実と極限まで接近する「現実界」との間の不調和にもとづいていると言えよう。
  • 村田沙耶香 / 無題 / 制作年不詳(学生時代)
  • 村田沙耶香 / 無題 / 制作年不詳(学生時代)
本展覧会の出品作品は、デヴィッド・シュリグリーが『コンビニ人間』の英語版『Convenience Store Woman』を読んだ後に生み出された作品である。『コンビニ人間』を源泉としたシュリグリーのドローイング作品の中に、“INSTRUCTION MANUAL”、”UNIFORM”、”EACH PRODUCT IS DIFFERENT”, EACH PRODUCT IS THE SAME”・・・・・といった作品内に描き込まれたメッセージは、著者である村田沙耶香へのダイレクトメッセージである。デヴィッド・シュリグリーは、日常の表層と深層の境界領域を崩壊させた精神世界を描写したドローイングをはじめ、アニメーション、立体、写真などの作品制作を続けているイギリスの美術家である。彼は”狂気“と呼ばれている社会認識を決壊させるのだ。このことを象徴するようなシュリグリーのパブリック・アートがロンドン市内の中心に屹立する。「ここは強制的に正常化される場所なのだ。異物はすぐに排除される」(『コンビニ人間』)という「あっちの世界」(『消滅世界』)を前提にしたロンドン・トラファルガー広場のパブリック・アートプロジェクト『第4の台座』に、「立てた親指」を象った約7メートルのブロンズ彫刻『リアリー・グッド』が設置され、「あっちの世界」を壊乱し、二つの精神世界の境界領域を見事に決壊させた。シュリグリーは、日常の表層を裏返して人間の深層心理で蠢いている不条理と共謀し、そして限りない創造力に富んだ観察によって、日常に潜んでいるカオスと欺瞞を炙り出し、潜在的意識世界を活性化させ、それを「あっちの世界」に出現させたのだ。
  • デヴィッド・シュリグリー / 無題 / 2021
  • デヴィッド・シュリグリー / 無題 / 2021
一方、金氏徹平は、日常的なイメージを持つオブジェクトをコラージュした立体作品やインスタレーションによってヒエラルキー的人間中心主義の世界観を俯瞰し脱却するアプローチを実践して創作活動を続けている。そもそも金氏徹平は、『コンビニ人間』の書籍カバーに作品提供しており、村田と金氏は作品を通じてダイアローグが実現されていた。金氏の本展作品には、色とりどりのプラスチックのバケツに流動的な石膏を入れた作品インスタレーションがある。この作品はバケツの中で固まった石膏の様態を逆説的な視点に反転させることによって型に嵌まったかのようにみえる石膏が止まることなく溢れ出し、全てを覆い尽くすかのような示唆的なメッセージが潜んでいる。「こっちの世界」と「あっちの世界」の境界がここでも決壊するのだ。これは、キューブリックの映画「シャイニング」の有名な一場面であるが、惨殺された双子の少女の亡霊が現れ、エレベーターから血が溢れ出し、それが洪水化するシーンを彷彿とさせる。つまり、固まったかに見える石膏は、制御されることを嫌い、再び流動化して“正常”な日常の全てを白く覆い尽くしていく。そこで、「世界から切断されていた」(『コンビニ人間』)「私」は、「正常ほど不気味な発狂はない」(『消滅世界』)と絶叫する。池田謙が本展のために書き下ろした音楽作品”convenient”は、「私の細胞全てが、ガラスの向こうで響く音楽に呼応して、皮膚の中で蠢いているのをはっきりと感じていた」(『コンビニ人間』)という一節と重奏され、この言葉を伴った”convenient”がいつまでも残響する・・・・そして、いつも通り「いらっしゃいませー!」「かしこまりましたー!」「ありがとうございますー!」(『コンビニ人間』)という紋切り型の挨拶が限りなく繰り返される。
金氏徹平 / Splash and Flakes (Skeleton / 2021) #1 / 2021
  • 上:金氏徹平 / tower (MOVIE) / 2009
    下:金氏徹平 / Hard Boiled Daydream (Wall Paper / Ocean) #4 / 2021
  • 金氏徹平 / Ghost in the Liquid Room (スポーツのパターン)/ 2010
金氏徹平 / White Discharge (Built-up Objects) #48 / 2019
本展では、現代社会における芸術の存在理由、すなわち「文化」と見なされているその効率性が蔓延っている今日、「飼い馴らされていないアート」、そして「飼い慣らされた幸福観《euphoria》」とは何なのかを問い掛けていくものである。市場で取引される画一化した大衆文化やグローバリゼーションによって金融資本主義的価値が重んじられ、真の意味での多様性が失われている現代において、本展覧会では理性的な記憶に止まらない身体的記憶を呼び起こすことによって、「正常」と「狂気」を対峙させることを表明していく。その上で「ユートピア」と「ディストピア」とは何かを問いかけ、さらに村田沙耶香の小説の中で言及されている「正常」に潜む社会的暴力性や抑圧を浮かび上がらせていく。
村田沙耶香は、「世界はさ、鮮やかな蜃気楼なんだよ」(『生命式』、河出書房新社)と社会から孤立して精神世界のアンダーグラウンドに潜んでいる人々に語りかけ希望と生きる力を与えている。

飯田高誉 (スクールデレック芸術社会学研究所所長)
村田沙耶香/金氏徹平_インタビュー Interview with Sayaka Murata & Teppei Kaneuji

村田沙耶香

1979(昭和54)年千葉県生れ。2003(平成15)年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。 2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。 著書に『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』などがある。(写真:Sayaka Murata ©Bungeishunju Ltd.)

デヴィッド・シュリグリー

1968年英国マックルズフィールド生まれ。現在、英国ブライトンを拠点として活動。 日々の状況と人間相互の関係を風刺的コメントで描く独特なドローイングスタイルと作品でよく知られている。また、ドローイングを中心とする一方で、彫刻、大規模なインスタレーション、アニメーション、絵画、写真、音楽など、 幅広いメディアでも活動。出版物や音楽コラボレーションプロジェクトなど、ギャラリーの領域外で頻繁に活動することで常に自身の世界を広げようとしている。 2012年ロンドンのHayward Galleryでのミッドキャリア回顧展「Brain Activity」に続いて、2013年にはターナー賞にノミネートされる。2016年9月には「Really Good」をトラファルガー広場の「第4の台座」作品として発表。 2015年から2018年まで、ブリティッシュ・カウンシルが企画した個展「Lose Your Mind」はPower Station of Art(上海、中国)、Storage by Hyundai Card(ソウル、韓国)、水戸芸術館(茨城、日本)、 Instituto-Cultural-Cabañas(グアダラハラ、メキシコ)を含め6か所で公開された。また、2018年には英国ブライトンで開かれたブライトンフェスティバルのゲストディレクターに任命されている。 現在はロンドンのレストランSketchのギャラリーで、長期プログラムの一環として、作品の発表を継続して行っている。 尚、2020年にはビジュアルアートへの貢献によりOBE(大英帝国勲章)を受賞した。(写真:Craig Gibson)

金氏 徹平

1978年京都府生まれ、京都市在住。2001年京都市立芸術大学在籍中、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(ロンドン)に交換留学。 2003年京都市立芸術大学大学院彫刻専攻修了。日常の事物を収集し、コラージュ的手法を用いて作品を制作。彫刻、絵画、映像、写真など表現形態は多岐にわたり、 一貫して物質とイメージの関係を顕在化する造形システムの考案を探求している。主な個展に「消しゴム森」(金沢21世紀美術館、2020)、「金氏徹平のメルカトル・メンブレン」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、2016)、 「四角い液体、メタリックなメモリー」(京都芸術センター、2014)、「Towering Something」(ユーレンス現代美術センター、2013)、「溶け出す都市、空白の森」(横浜美術、2009)など国内外での展覧会のほか、 舞台美術や装丁も多数。あうるスポットプロデュース「家電のように解り合えない」(2011)、KAATキッズ・プログラム2015 おいしいおかしいおしばい「わかったさんのクッキー」(2015-2016)、 KYOTO EXPERIMENT 2019 チェルフィッチュ x 金氏徹平、「消しゴム山」(2019)、チェルフィッチュ x金氏徹「消しゴム森」(金沢21世紀美術館、2020)での舞台美術をはじめ、自身の映像作品を舞台化した 「tower (THEATER)」(ロームシアター京都サウスホール、Kyoto Experiment 2017)では演出を手掛ける。ニューヨークのJapan Societyで展開されプロジェクト「En/trance」にて、 現在サイトスペーシフィックなインスタレーションを展示している。(写真:川島小鳥)

村田沙耶香のユートピア_
〝正常〟の構造と暴力ダイアローグ
デヴィッド・シュリグリー ≡ 金氏徹平

主催
GYRE
会期
2020年8月20日(金) - 10月17日(日) /
休館日 : 8月23日(月)
会場
GYRE GALLERY / GYRE 3F 東京都渋谷区神宮前5-10-1
CONTACT
03-3498-6990
企画
飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
音楽協力
池田謙
デザイン
乗田菜々美
意匠協力
C田VA(小林丈人+髙田光)
撮影協力
幸田森
展示協力
太田遼
協力
Yumiko Chiba Associates、 河出書房新社、 文藝春秋、 株式会社リコー、 HiRAO INC