ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展

2024年7月17日(水)- 9月24日(火)

世界的アーティスト
ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展

本展は、戦後ドイツ美術の第一人者、ヨーゼフ・ボイス(1921~1986)の作品や活動を、現代日本の視点で検証します。従って、戦後日本の現代作家によるダイアローグ形式の作品構成によって「いまなぜヨーゼフ・ボイスなのか」という問い掛けを行う展覧会となります。
マルセル・デュシャン、アンディ・ウォーホールと並び、20世紀を代表するアーティストであるボイスは、亡くなる2年前の1984年に来日しました。西洋の思想や芸術の長い歴史の土壌で培われたボイスの芸術は、日本人が理解するには難解だと言われますが、8日間の滞在中に、ボイスはインスタレーションやアクション(パフォーマンス)、レクチャーや学生との討論会などの幅広い表現方法を通じて「拡張された芸術概念」を提唱しました。ここでの「芸術」とは、教育活動、政治活動、環境保護活動、宗教なども含めた拡張された意味での芸術活動と芸術作品になります。また、この「拡張された芸術概念」とともに展開したのが、「社会彫刻」という概念です。これは、ボイスの思想と活動の原理と言えます。つまり、提唱されたこれらの概念は、「すべての人間は芸術家である」というボイスの言葉に代表されます。ボイスの没後38年を過ぎた現在、国際的な美術界において今なお影響力を与えて続けております。
本展では、カスヤの森現代美術館の貴重な所蔵品の中から美術館がヴィトリーヌ(ガラスケース)を任意に配置したヨーゼフ・ボイスの作品となります。因みにヴィトリーヌとは、科学標本と聖遺物の展示ケースや民俗学的・自然史的遺物を収納するガラスケースのフランス語による名称です。ボイスの「ヴィトリーヌ」シリーズは、作家自身によるアクションなどで用いられた遺物を展示する装置として作品化したものです。また、これらのヴィトリーヌ・シリーズの作品は、アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館におけるガラスケースによって展示された遺品と反響するものです。
現代の世界的情勢においても、戦争が絶えません。ボイスにとってドイツが背負うホロコーストの闇はあまりにも深く、これをどう贖い、傷をいかに癒すかに苦闘し続け、それを社会的問題として芸術活動によって投げかけたのです。当時、デュッセルドルフ芸樹アカデミーの学生だったゲルハルト・リヒターは、教師としてのヨーゼフ・ボイスに憧れと反発心を抱きながら大きな影響力をもたらされました。
ヨーゼフ・ボイスとの対話相手となる出品作家は、ボイスと深い交流のあったコンセプチュアルアーティストで、さらに「カスヤの森現代美術館」の設立者の若江漢字、また、自然・都市・写真の関わり合いに主眼をおいた一連の写真作品の制作と来日した当時のボイスのポートレートを撮影した畠山直哉、認識論に基づいて統合的な時間感覚を再考する磯谷博史、心象と事象を織り交ぜながら「私」と「社会」が相対的に立ち現われるような絵画作品を制作している加茂昂、人間とは異なる視点やふるまいを持つ動物たちとの共作を通して、人と生き物の関係性を再考するAki Inomata、そして都市における「風景」の在り方や、それを取り巻く人々の意識の移ろいを表象する武田萌花の6人の日本人作家によって、ボイスの現代性を問い掛け、現代におけるアポリアを浮かび上がらせます。
ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)
1921年ドイツ・クレーフェルト生まれ脂肪やフェルトを素材とした彫刻作品の制作、アクション、対話集会のほか、政治や環境問題にも介入し、その活動は多岐にわたった。幼少期より自然や動物に関心を寄せ、彫刻家ヴィルヘルム・レームブルックの作品集に感銘を受ける。40年、通信兵として第二次世界大戦に従軍。冬のクリミナ半島に墜落し生死をさまようも、居合わせた遊牧民のタタール人がボイスの傷を脂肪で手当てし、フェルトで暖を取って救助したとしている。この経験は後の彫刻作品の根幹となり、ゆえに素材には従来の石や木ではなく、熱を保持する脂肪やフェルトを用いている。
戦後、23歳のときにデュッセルドルフ芸術アカデミーに入学。彫刻家ヨーゼフ・エンゼリンク、エーヴァルト・マタレーに学ぶ。53年、コレクターのファン・デア・グリンテン宅で初個展を開催。61年にデュッセルドルフ芸術アカデミーの教授に就任し、同じ頃ナムジュン・パイクと知り合う。63年に「フルクサス・フェスティバル」に参加し、最初のアクションを実践する。ドクメンタ3(1964)に参加し、翌年のシュメーラ画廊(デュッセルドルフ)での個展で《死んだウサギに絵を説明する方法》を発表。頭に金箔やはちみつをつけたボイスが、ウサギの死体を腕に抱いて絵にふれさせるアクションを行った。74年のアクション《私はアメリカが好き、アメリカも私が好き》は、ボイスがアメリカ着の空港から救急車でコヨーテのいるギャラリーに運ばれ、1週間暮らした後に、再度ドイツへ出発するというもので、コヨーテとの行動のみを強調することで、先住民に対するアメリカ社会の抑圧を批判した。 ドクメンタ7(1982)で開催地のカッセル市に7000本の樫の木を植えるアクションを展開。始めに、無機物で死を象徴する玄武石を敷き、その横に生を示す樫の木を植えて、双方が存在することで世界が成り立つことを表現した。このプロジェクトに賛同した人々のように、自ら意思を持って社会に参与し、未来を造形することを「社会彫刻」と呼び、それこそが芸術であると提唱する。
社会活動家としては、67年にデュッセルドルフ芸術アカデミーで「ドイツ学生党」を結成し、学生運動を支援。アカデミーの入学許可制限をめぐって解雇されたが、裁判ではボイス側の勝訴に終わる。79年「緑の党」に立候補。84年に来日し、西武美術館で個展を開催した。86年没。
Photo by Naoya Hatakeyama
若江漢字(Kanji Wakae)
美術作家。1944年横須賀市生まれ。1974年第9回東京国際版画ビエンナーレで受賞し、1975年展覧会を機に西ドイツ、オランダに滞在その間、アムステルダム市立美術館アトリエ、ヴォルフスブルク市立美術館アトリエの招待作家となる。1982-83年文化庁芸術家在外研修員としてヴッパータール総合制大学に学び、その間生前のヨーゼフ・ボイスから直接石膏で足型を取る。1994年にヨーゼフ・ボイス作品の展示室をもつ「カスヤの森現代美術館」を開設。2018年神奈川文化賞を受賞。国内外の個展、グループ展は数多く。主要な展覧会として1969年第9回現代日本美術展(東京都美術館)、1970年今日の作家展(横浜市民ギャラリー)、1973年第12回及び1989年第20回サンパウロ・ビエンナーレ、1974年第11回日本国際美術展(東京都美術館・京都市美術館)、個展として1975年ギャラリーm(西ドイツ、当時)1989年ヴッパータール市美術館(西ドイツ、当時)2004年神奈川県立近代美術館(鎌倉)、2004-05年国際芸術センター青森、2011年横須賀美術館などがある。1986年「芸術・平和への対話」展(横浜大倉山記念館)、1987年「ベルリンの壁」展(神奈川県下4都市で開催)など展覧会を企画する。著作としては共著『ヨーゼフ・ボイスの足型』(みすず書房)
畠山直哉(Naoya Hatakeyama)
写真家。1958年岩手県陸前高田市生まれ。1984年、筑波大学大学院芸術研究科修士課程修了後に西武セゾングループのインハウス広告代理店であった(株)SPNに拾われ、そこで映像制作業務等にたずさわり始めた頃、上司の泉秀樹氏より、ヨーゼフ・ボイス来日における記録映像制作のディレクターを命じられる。成果は60分のヴィデオ作品《Joseph Beuys in Japan》にまとめられ、その後世界各地で公開された。また録画素材を元にして、ボイス滞日中の全講演を文字化した書籍をセットにしたヴィデオ・ブック《ドキュメント1984 ヨーゼフ・ボイス・イン・ジャパン》が、同年にペヨトル工房によって制作・発行され話題を呼んだ。現在、東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻教授(2025年3月退任予定)。主な近年の展覧会に「Natural Stories」(2011-2012 東京都写真美術館、ハウス・マルセイユ写真美術館、サンフランシスコ近代美術館)。「まっぷたつの風景」(2017 せんだいメディアテーク)。「Naoya Hatakeyama – Excavating the Future City」(2018 ミネアポリス美術館)などがある。
Photo : ©buerofuerkunstdokumentation
磯谷博史(Hirofumi Isoya)
1978年東京都生まれ。東京藝術大学で建築を専攻後、同大学大学院およびロンドン大学ゴールドスミスカレッジで美術を学ぶ。写真、彫刻、ドローイングなどの媒体を通じて、知覚の複数性と時間の多様な性質を再考している。近年の展覧会に「動詞を見つける」(小海町高原美術館、長野、2022年)、「Constellations: Photographs in Dialogue」(サンフランシスコ近代美術館、サンフランシスコ、2021年)、「L’image et son double」(ポンピドゥー・センター、パリ、2021年)、などがある。
加茂昴(Akira Kamo)
1982年生まれ。東京都出身。東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業後(2008)、東京芸術大学大学院絵画研究科修了(2010)。3.11後、「絵画」と「生き延びる」ことを同義に捉え、心象と事象を織り交ぜながら「私」と「社会」が相対的に立ち現われるような絵画作品を制作する。近年の主な展覧会に、2023年に化石としての風/復興としての土/祈りとしての風土(PARCEL)東京、惑星としての土/復興としての土(NANAWATA)埼玉、境界線を吹き抜ける風(LOKO gallery)東京。
AKI INOMATA
1983年生まれ。2008年東京藝術大学大学院 先端芸術表現専攻 修了。東京在住。人間以外の生きものや自然との関わりから生まれるもの、あるいはその関係性を提示している。アンモナイトとタコを長大な進化の時を超えて出会わせる「進化への考察」、ヤドカリが世界各地の都市をかたどった透明な「やど」へと引っ越しを続ける「やどかりに『やど』をわたしてみる」、真珠母貝に小さな立体の核を挿入し、貨幣の肖像をモチーフにした真珠をつくった「貨幣の記憶」、「犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう」など、生きものと共に制作した作品を多く発表。近年の主な展覧会に、2022-2023年「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、東京)、2022年「あいち2022」(愛知)、2020-2021年「Broken Nature」(ニューヨーク近代美術館:MoMA)など。
武田萌花(Moka Takeda)
1997年東京都出身。2024年東京藝術大学大学院 美術研究科先端芸術表現専攻 修士課程修了。2022年ドイツ・ミュンヘン美術アカデミーに留学。ドイツ滞在中13カ国26都市を旅する。「車窓風景」や「工事現場」など都市の日常的な風景から着想を得て、情報やイメージで氾濫した現代におけるリアリティとは何かを問うインスタレーション作品を発表している。主な展示・受賞歴に「藝大アートプラザ・アートアワード2024」デジタルアート部門「JR東日本賞」受賞(2024)、個展「A Day in the Life」(2024)、NTTインターコミュニケーション・センター【ICC】「エマージェンシーズ!045」(ICC,2023)「TOKYO GEIDAI ART FES 2023」優秀賞、「群馬青年ビエンナーレ2021」入選(2021)、グループ展「Storage」(ドイツ,2022)、第23回メディア芸術祭関連企画 「ART MEETS TOKYO」(2020)、京都府アーティスト・イン・レジデンス事業「京都Re;Search」参加(2019-2021)など。

ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展

会期
2024年7月17日(水)- 9月24日(火)
会場
GYRE GALLERY | 東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
お問合せ
0570-05-6990 ナビダイヤル(11:00-18:00)
主催
ジャイルギャラリー
スクールデレック芸術社会学研究所
企画
飯田高誉
(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
PR ディレクション
HiRAO INC
協力
カスヤの森現代美術館
展覧会出展作家
ヨーゼフ・ボイス / 若江漢字 / 畠山直哉 / 磯谷博史 / 加茂昂 / AKI INOMATA / 武田萌花
PRESS CONTACT
HiRAO INC|東京都渋谷区神宮前1-11-11 #608
T/03.5771.8808|F/03.5410.8858
担当:御船、鈴木