世界の終わりと環境世界/End of the World and Self-centered World

草間彌生、アニッシュ・カプーア、
大小島真木らの作品を通して
これからの未来に問いかける
我々がすべて異なる「環境世界」に
生きていることへの
認識に到達できるのか

核の脅威と地政学的緊張、環境破壊と地球温暖化──〈世界の終わり〉は、いまや宗教的預言でも科学的予測でもなく、今ここにあり身体的に知覚され経験されるカテゴリーである。〈世界の終わり〉まで生き延びるためではなく、〈世界の終わり〉とともに生きるために、政治的なもの、社会的なもの、人間的なものの交差する地点にあらわれる破局的主題と対峙し、近代の諸概念を根源的に問い直す展覧会となる。
〈世界の終わり〉は、「人間中心主義」の終焉とも言える。すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、その主体として行動しているという考えである。ヤーコブ・フォン・ユクスキュル(註)によれば、普遍的な時間や空間(Umgebung、「環境」)も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されている。動物の行動は各動物で異なる知覚と作用の結果であり、それぞれに動物に特有の意味をもってなされる。ユクスキュルは、動物主体と客体との意味を持った相互関係を自然の「生命計画」と名づけて、これらの研究の深化を呼びかけた。
本展覧会では、「人間中心主義」からの離脱し我々がすべて異なる「環境世界」に生きていることへの認識に到達できるのかを問い掛けていくものである。
(註)ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864〜1944)は、ドイツの生物学者である。生物学の概念として環世界(かんせかい、Umwelt)(=環境世界)を提唱した。環境世界とも訳される。生物学的主体によって構築された独自の世界のことを「環世界:かんせかい=Umwelt:ウンベルト」と名付けた。客観的な環境ではなく、主体が知覚でき、働きかけることができる環境(環世界)こそ、主体にとっての現実、生きる舞台なのである。
本展企画者 飯田高誉
(スクールデレック芸術社会学研究所所長)

作品解説・作家紹介

草間彌生 (Yayoi Kusama)
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「草間の自己消滅」(上)
「花強迫」(下)

「パフォーマンスは、ポルカドットの哲学のシンボルのようなもの。ポルカドットは全世界と、生きとし生けるもののエネルギーの象徴である太陽の形であり、おだやかな月の形でもある。丸くて、やわらかくて、カラフルで、無意味で、無意識。ポルカドットは、コミュニケーションが必要な人の生命同様、単体ではいられない。複数あってこそ動き出す。地球は、宇宙の無数の星のなかのひとつの水玉。ポルカドットは、無限に通じる道。ポルカドットで自然や身体を消すとき、己が存在する環境の一部となる。わたしは永遠の一部となり、愛のなかに自らを消滅するの」と、そして「永遠と一体化しよう。自己を消滅させよう。自分のいる環境に溶け込もう。自己を忘れよう。自己消滅がただひとつの脱出方法なのだ」と語る草間彌生。
現代の金融資本が戦争ビジネスへ加速度的に向かっていくベクトルであることをこのパフォーマンスは鋭く示唆していると言える。この草間のメッセージに呼応するかのようにフランスの思想家フェリックス・ガタリは、彼女の芸術的価値を次のように賞賛している。「草間彌生の作品が生みだす強大な力は、極めて日本的伝統の虚構に根差しているものの、さらに、最新の素材を主観的・美的に強化する並外れた装置を構成している。ただ、まさにここから消費社会がその惨めで夢のない世界を分泌していることを忘れないでおこう。草間彌生は我々の世界に再び夢を与える」* 。フェリックス・ガタリは、利潤のみに方向付けられた資本主義的価値化のヘゲモニーから解放された新しい主観性を生産する存在として草間彌生を未来的なあるべき時代精神と結びつけたのである。
*「草間彌生 INFINITY EXPLOSION」展カタログ(フェリックス・ガタリ『草間彌生の豊饒な感情』、フジテレビギャラリー、1986年)
(飯田高誉)
草間彌生 1929年長野県松本市生まれ。幼少より水玉と網目を用いた幻想的な絵画を制作。1957年単身渡米、前衛芸術家としての地位を築く。草間は1960年代から1970年代初頭のニューヨークアート・シーンから美術家としての名声を高め始めた。1973年活動拠点を東京に移す。再評価される契機になったのは1989年に ニューヨークの国際現代美術センターで開催された『草間彌生回顧展』である。1993年ヴェネツィア・ビエンナーレで日本館にて現代美術家として初の個展。その後、1998年にニューヨーク近代美術館で開催された回顧展『ラブ・フォーエバー:草間 彌生 1958〜1968』は、草間の再ブレイクに拍車をかけた。2001年朝日賞。2009年文化功労者、「わが永遠の魂」シリーズ制作開始。2011年テート・モダン、ポンピドゥ・センターなど欧米4都市巡回展開始。2012年国内10都市巡回展開始。2013年中南米、アジア巡回展開始。2014年世界で最も人気のあるアーティスト(『アート・ニュースペーパー』紙)。 2015年北欧各国での巡回展開始。2016年世界で最も影響力がある100人(『タイム』誌)。2016年文化勲章受章。2017年草間彌生美術館開館、東南アジア巡回展開始。2021年ニューヨークボタニカルガーデンで個展開催、グロピウス・バウで開かれた個展が、2022年テルアビブ美術館へ巡回。
Copyright of YAYOI KUSAMA
Courtesy of Ota Fine Arts

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荒川修作(Shusaku Arakawa)
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「Why Not – 終末論的生態学のセレナーデ」

本出品作品は、若い女性によって演じられるシュールレアリスティックな実験的な試みを探求する荒川修作の最初の映像作品となる。テーブル、ベッド、自転車が並ぶ部屋は荒川の実際のスタジオである。そこで繰り広げられる一人の女性の行為を窃視しているかのようにカメラが追い続ける。その女性が部屋にあるドアやテーブルと格闘し、閉鎖空間における身体パフォーマンスによって人間存在のあり方を問いかけている。それは、あたかも他者不在の無機的荒野が拡がっている環境下で孤独に格闘(マスターベーション)しているかのようだ。このパフォーマンスは、底無しのカオスを内在している身体性を表象し、身に纏っている数々の記号と化した人間の身体そのものを内破する自然力を描写している。90年代以降に発展させる身体的な建築につらなる思想の原点がこのパフォーマンスに凝縮されている。当時、荒川修作という若きアーティストが投げかけたこの問いは、鑑賞者の知覚を揺さぶり、新たな理解の手段を開発する可能性に向けられていた。それは難解な言葉による認識の手続きさえも巧みにかわし、意味という現象の総体を掌握しようとしている。荒川のこの挑戦的な試みは、世界の分断と多極化が進みこれまでの体制が機能しなくなった混迷の時代にこそ相応しいと言える。「私達は願う─未来の世代がこのユーモアをとらえ、彼らの思考モデルと逃走ルートの構築のために役立ててくれることを! 」*
*大坂絋一郎訳、荒川修作とマドリン・ギンズによる共著『意味のメカニズム』序文より引用|日本語版:1979年ギャラリーたかぎ出版
(飯田高誉)
荒川修作 1936年愛知県生まれ。愛知県立旭丘高等学校美術過程卒業後、武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)を中退。1960年に吉村益信、篠原有司男、赤瀬川原平と前衛芸術グループ「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を結成し、「反芸術」の実践を行う。同年9月に「もうひとつの墓場」と題した初個展を東京の村松画廊で開催。柩を思わせる木箱とセメントの塊が用いられた立体作品、「棺桶」シリーズを発表した。61年よりニューヨークに拠点を移し、詩人のマドリン・ギンズとともに活動をスタート。シルエットや矢印線、写真、色のグラデーションなどのモチーフを複合的に用いて絵画化した「ダイヤグラム(図式)」シリーズなどを経て、70年に行われた第35回ヴェネチア・ビエンナーレでは、言葉がイメージや物のシンボルとしてだけでなく、ほかの記号・かたちと並列的に自律して描かれた「意味のメカニズム」シリーズを出品。1972年、同作のドイツでの巡回展示を見た物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクから賞賛され、ギンズとともにマックス・プランク研究所に招待をうける。また同年、ミュンヘンオリンピックのポスターをデザインした。1982年、紺綬褒章受章、1986年フランス文芸シュヴァリエ勲章受章、2003年紫綬褒章受章など内外でその活躍が認められている。1997年グッゲンハイム美術館で日本人としては初の個展を開催している。2010年没。
Photo courtesy of Arakawa +
Gins Tokyo office

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アニッシュ・カプーア (Anish Kapoor)
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「1000の名前」

インスタレーション作品「1000の名前」は、1979から80年にかけて制作されたアニッシュ・カプーアの最初期の作品である。着色された顔料は、1979年にインドを旅した際に大きな影響を受けたことによって作品制作のインスピレーションとなった。そこでは、道路脇の小さな聖域や寺院の入り口で化粧品や儀式用に販売される顔料の小さな山が並べてあった。顔料を使用することは、カプーアにとって「1000の名前」の驚くべき出現を促すものであった。あるオブジェクトは切り分けられた顔料粉末(鮮やかな赤、黄、明るい青、白)で完全に覆われており、それによって輪郭が柔らかくなり、そのオブジェクトの原形を覆い隠すこととなる。これらの要素は、建築、次に有機的な形態、そしてしばしば2つの間の何か、つまり自然と抽象の間のどこかで移行中の形態との関連を引き起こす。顔料は、カプーアが表現したかった矛盾を見事に具体化している。
「初期のパウダーピースで、私がやろうとしていたことの1つは、まるで自分の意志でそこに現れたかのように、作られていないかのように何かに到達することでした。オブジェクトが光を発する方法に関心があります。それらは光源であるかのようです。...インスタレーション作品「1000の名前」は、現れ出たオブジェクトがはるかに大きな全体の一部であることを意味します。オブジェクトはあたかも地面から出てきているようです。表面を定義する粉末、それは潜在意識から突き出た氷山のように、表面の下に何かがあることを意味します」とアニッシュ・カプーアは語る。オブジェクトを覆っている白い粉は、広大な自然環境のメタファーであり、さらに現代的状況を鑑みると、あたかも核爆弾の爆発によって降り注がれる「死の灰」を想起させる。
(飯田高誉)
アニッシュ・カプーア 1954年インド、ムンバイ生まれ。1970年代に渡英し、現在は英国を代表する彫刻家として国際的に高い評価を得ています。1990年のヴェニス・ビエンナーレ英国館での個展、同年のターナー賞受賞、1992年ドクメンタ出展等を始め、主要な国際展への参加や欧米の美術館での個展を開催してきました。2022年にはヴェネチアにて2つの個展の開催が予定されています。アニッシュ・カプーアの作品は、神話や哲学から派生する独特の世界観によって形作られており、作品の存在する空間そのものを異空間へと変換してしまうのが特徴的です。現実と非現実の両方を併せ持つかのような作品は、宇宙的な観念や、神秘性、官能性を強く感じさせる表現となっています。現代美術の主流となっている欧米的な価値観の域を超えた、東洋的な思想に基づくカプーアの作品の独自性は、強く人々の心をとらえると同時に、鑑賞する誰もが作品に入り込める、視覚的な喜びや作品体験を純粋に楽しめる親しみ易さを持っています。
Photo by Gautier Deblonde
Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

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AKI INOMATA
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「ギャロップする南部馬」

《ギャロップする南部馬》は、絶滅した日本固有の馬種である「南部馬」が氷像となって蘇り、雪原を走る映像作品である。
平安時代の後撰和歌集にも名馬として詠まれた「南部馬」は、明治期の富国強兵政策の中で外来種との交雑が進められ純血種はもはやどこにも存在しない。その姿を今に伝える資料は少ないが、作家は、盛岡農業高校に残されていた最後の南部馬の骨格標本を手掛かりに、12体の馬を彫刻・3D出力し、氷柱のように凍らせることで表皮を肉付けし、白く透き通った薄氷の馬として蘇生した。
冬の雪積もる青森の雪景色を嬉々として走る純白の馬は、童話のように美しい。しかし同時に、南部馬は、農民にとっては貨物輸送の道具として、武士にとっては戦のための兵器として、貴族にとっては財力誇示・鑑賞用として品種改良され、最後は近代化の中で騎兵力向上のために雑種となり絶滅した馬である。人間に振り回されて続けたその歴史を思えば、本作は「人新世」における業を、幽霊のような姿で蘇らせることで批評していると解釈できる。
加えるなら、映画誕生前史のひとつであるエドワード・マイブリッジの歴史的な傑作「ギャロップする馬」へのオマージュとなっていることは、かつての銀塩写真・モノクロ映画が持っていた「懐かしさ」を作品に与えている。本作では、道具としての南部馬が新しい技術の登場とともに消えていった喪失感を、あえて今デジタル化ではなく黎明期の写真のアナログな技法を取り込むことで、補完してみせる。
(高橋洋介)
AKI INOMATA 1983年生まれ。2008年東京藝術大学大学院 先端芸術表現専攻 修了。2017年ACCのグランティとしてニューヨークに滞在。東京在住。生きものとの関わりから生まれるもの、あるいはその関係性を提示している。ナント美術館、十和田市現代美術館、北九州市立美術館での個展のほか、2021年「Broken Nature」ニューヨーク近代美術館、2021年「The World Began Without Human Race, and It Will End Without It.」国立台湾美術館、2019年「第22回ミラノ・トリエンナーレ」、2018年「タイビエンナーレ」など国内外で展示。2020年「AKI INOMATA: Significant Otherness 生きものと私が出会うとき」(美術出版社)を刊行。主な収蔵先に、ニューヨーク近代美術館、南オーストラリア州立美術館、北九州市立美術館など。
Photo by Hiroshi Wada

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加茂昂(Kamo akira)
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「逆聖地」(左)
「ゾーン5」(右)

加茂昂は、3.11以後、戦後日本が抱えてきた災禍を制作の根幹に据え、その可能性を掬い出そうとしてきた。広島の原爆、熊本の水俣病、福島の原発といった問題に10年以上の歳月とともに真摯に向き合い、何度も現地に滞在する中で独自の方法論を築き上げてきている。
幅7mに及ぶ巨大な絵画《逆聖地》は、火だるまになった人間たちが雪山を行軍する光景を描いた作品で、零下の「氷」の世界と、数千度の「炎」に包まれた群像が強烈に対比されている。
燃えながら、なお突き進む者、瞑想する者、手を差し出す者、燃え尽きて道半ばにして倒れる者。もし、これが焼身自殺する人々を描いているのなら、世界中で行われてきた数多の圧政に対する、自らの身を呈した言葉なき抗議——チベットの、チュニジアの、チェコの、ベトナムの、ロシアの、中国の、韓国の……——を普遍的な主題として捉えた作品だと理解できる。しかし、通常、焼身自殺はたくさんの人目につく場所——広場や大通り、SNS——を舞台に行われるのに対して、本作の人々は、言論の自由を奪う独裁的な権力に向けてではなく、誰もいない凍てついた世界で、ただ静かに燃えている。
聖地は通常、汚れなく清らかで、人間を超えたものが現れる場所を意味するが、加茂の造語であり題名の「逆聖地」は、むしろ人間が立ち入れないほどに穢れてしまった場所を意味する。発表当時、原発に向かう作業員たちの絵と対置されていたことを踏まえれば、それは致死的に被曝する可能性を理解しても事故収束のために立ち向かっていく名もなき人々の比喩と解釈できる。あるいは、極寒の世界で人間が焼き尽くされていく様子は、戦争や原発事故によって故郷を追放されてもなんの救いもない現実の冷酷さと、内側から骨まで焦がされるような思いをしてもなお生きざる得ない人々の心情を想像させる。
より俯瞰した視点から眺めれば、戦後の現代アートにおいて、大虐殺や大震災は表象不可能な禁忌として扱うことがこれまで表現の倫理とされてきたことを思い出す。しかし、ただ口をつぐみ目を背けるのではなく、語りえないほどの問題をいかに想像し継承するのかという問題に対するひとつの解を、私たちは本作に見出すことができるだろう。
(高橋洋介)
加茂昂 1982年東京生まれ。2010年東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。 3.11後、「絵画」と「生き延びる」ことを同義に捉え、心象と事象を織り交ぜながら「私」と「社会」が相対的に立ち現われるような絵画作品を制作する。 近年は、福島を始め、広島、水俣など、日本が抱えてきた甚大な災禍を作品のテーマに据える。主な個展に個展「境界線を吹き抜ける風」LOKO gallery 2019、「追体験の光景」原爆の図丸木美術館 2018、「その光景の肖像」つなぎ美術館 2017、「風景と肖像のあいだ」island japan 2017、「追体験の絵画」広島芸術センター2017「【絵画】と【生き延びる】」island MEDIUM 2012など。主なグループ展に「3,11とアーティスト10年目の想像」水戸芸術館 2021、「もやい展」タワーホール船堀 2021、「あざみ野コンテンポラリーvol.10しかくのなかのリアリティー」横浜市民ギャラリーあざみ野2019、「星座を想像するように。過去、現在、未来」東京都美術館 2019、「航行と軌跡」国際芸術センター青森 2015、「VOCA展2015」上野の森美術館 2015、「醤油倉庫レジデンスプロジェクト春会期」瀬戸内国際芸術祭 2013、「VOCA展2013」上野の森美術館 2013など。

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大小島真木(Maki Ohkojima)
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「ゴレムとウェヌス」

大小島真木は、生命を常に複数の生と死が絡まり合う場のようなものとして表現し、人間中心主義的な世界の在り方への見直しを促してきた。《ゴレムとウェヌス》は、神話から着想を得た2つのトルソー(身体の一部を欠損した人形)からなるインスタレーションで、布や鉄、皮革、陶器、動物の頭蓋骨、羽、珪化木、映像、写真、顔料といった複数の媒体で構成されている。植物や動物、バクテリア、ウイルスといった複数の生命が生きる棲家として「人体」をとらえ直すことが試みられている。
ゴレムはユダヤ教の神話の中で意志を持たない泥人形として描かれるが、本作のゴレムは、口からは草が芽生え、目から花が咲き、心臓や足にも草花が咲き誇り、手の代わりに複数の羽根が生えた存在である。土からつくられた存在が土へと還るように、あるいは水の中で溶けていくようなものとして人体が描かれることで、人間もまた泥から生まれたゴレムのような存在として重ね合わされ、異種混合の場として表現されている。
対して、ウェヌスでは、革を継ぎ接ぎしたトルソーに、銀河とプランクトンの映像のコラージュが円形に投影される。惑星という巨視な世界から、肉眼では捉えきれない小さな生物の微視的な世界までが、ラテン語で愛と豊穣と金星を名指す女神の身体に凝縮されることで、ひとつの人間の身体に宿る広大な時空間が表現されている。
両者は、人間を人間以外の事象の堆積・混合物として描くことによって、人間もまた自律した存在というより、雲や水や石や花や虫や動物となんら変わらない、宇宙の片隅に生まれた小さな儚い渦のような存在であることを暗示する。
(高橋洋介)
大小島真木 現代美術家。異なるものたちの環世界、その「あいだ」に立ち、絡まり合う生と死の諸相を描くことを追求している。インド、ポーランド、中国、メキシコ、フランスなどで滞在制作。2014年にVOCA奨励賞を受賞する。2017年にはアニエスベーが支援するTara Ocean 財団が率いる科学探査船タラ号太平洋プロジェクトに参加。主な参加展覧会に、「Re construction 再構築」(2020年、練馬区立美術館)、「いのち耕す場所」(2019年、青森県立美術館)、「瀬戸内国際芸術祭-粟島」(2019年)「鯨の目」(2019年、フランス・パリ水族館)。主な出版物として「鯨の目(museum shop T)」など。現在、角川武蔵野ミュージアム(埼玉)でのアマビエ・プロジェクトに参加、エントランスに「綻びの螺旋」を展開中。
http://www.ohkojima.com/
Photo by Kenji Chiga

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リア・ジロー(Lia Giraud)
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「光合成」(上)
「エントロピー」(下)

国立自然史博物館の「シアノバクテリア、シアノトキシン、環境」チームとリア・ジローが共同で開発した「アルゲグラフィック(algægraphique)」は、光に反応する微生物(微細藻類)が形成する「生きた映像」である。生物的な動きと粒子的な動きのはざまで、細胞は環境の光の変化に対応するためにダイナミックに組織化される。写真シリーズ『エントロピー』は、この生物学的マトリックスを、絵画の破壊のプロセスにさらすことで作られる。スキャナーの撮影モードが、細胞の行動変化を誘発し、細胞は自らの構成規則に従って再編成される。風景はスキャナーの助けをかりて消滅する。作品に使われているネガは、制作当時建設中だったパリのバティニョール地区に移植された架空の人工生態系を想起させる。
映像作品『光合成』は、2016年から2020年にマルセイユ港でMerTerre協会が回収した何千ものオブジェをリストアップした、いわば「見えないものの写真目録」である。協会創設者イザベル・ポワトゥの声と社会学者バティスト・モンサンジョンの声が混ざり合い、作曲家テランス・ムニエの音に乗せた、廃棄物についての親密かつ分析的探究である。ここでも「アルゲグラフィック」のプロセスを用いながら、忘却と回想のはざまをたゆたうこれらのオブジェが明らかにされる。通常公害の目印として使われる微細藻類が、写真の銀粒子の代わりとなり、生命を得た画像を浮かび上がらせている。
リア・ジロー (Lia Giraud) フランス在住アーティスト。ドキュメンタリー映像を専攻後、ビジュアルアート博士号(SACRe/PSL)取得。マルセイユ国立高等美術学校(INSEAMM)写真科教授。リア・ジローのインスタレーション作品は、科学技術の影響を受けた現代の、生物に対する概念や関係性の変化を10年以上にわたり探求してきた。生物学的現象、テクノロジー、画像システムを組み合わせたプロセスを重視する作品群は、繊細な対話を通して、私たちの環境経験を問い直し新しいエコロジーを提案する。科学と社会のフロンティアで学際的な研究エコシステムの構築を目指し、自然科学の研究者、思想家、芸術家、市民を巻き込んだプロジェクトを展開している。彼女の作品はフランスをはじめ世界各国の美術館やフェスティバル、メディアで紹介されている(ポンピドゥー・センター、ル・サンキャトル、ル・キューブ、ル・ベル・オルディネール、ル・フレノワ、Naturpark Our、NYUAD Art Gallery、Festival Images de Vevey、Dutch Design Week、Artpress、Arte、Wired、Vice等)。
http://www.liagiraud.com/

『世界の終わりと環境世界』展

会期
2022年5月13日(金) - 7月3日(日) / 11:00 – 20:00
会場
GYRE GALLERY丨東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
お問い合わせ
0570-056990 ナビダイヤル(11:00-18:00)
企画
飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
企画協力
高橋洋介
会場設計
梅澤竜也(ALA INC.)
意匠協力
C田VA(小林丈人+髙田光+太田遼)
機材協力
Suga Art Studio
撮影協力
幸田森
PRディレクション
HiRAO INC
協力
荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所, Reversible Destiny Foundation,
株式会社草間彌生, OTA FINE ARTS, SCAI THE BATHHOUSE,
Maho Kubota Gallery
助成
在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
PRESS CONTACT
HiRAO INC|東京都渋谷区神宮前1-11-11 #608
T/03.5771.8808|F/03.5410.8858
担当:御船誠一郎 mifune@hirao-inc.com