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亜空間として形成する伊勢型紙・江戸小紋の世界 長坂常(建築家)× 廣瀬雄一(江戸小紋職人)EYE OF GYRE 2018.07.17(TUE)-08.26(SUN)

江戸小紋の伝統を継承し、現在に伝え続ける「廣瀬染工場」。その創業100周年を記念して、四代目を務める染め職人・廣瀬雄一さんと、建築家・長坂常さんによる、初のコラボレーションが実現。廣瀬染工場が誇る伝統の技に迫るとともに、長坂さんならではの視点を交えた実験的な染め物づくりに挑戦することで、伝統工芸のまだ見ぬ可能性へと導くエキシビションです。なかでも二人の共同作品となった着物  二人の共同作品となった着物は、格式高い「鮫」柄の常軌から大きく逸脱しながらも、じつに美しい一枚に。無為に生まれた文様が、予想もつかないうねりとともに、どこまでも続く空間を描くかのようです。微細にして、計り知れない広がりをもつ、江戸小紋の世界をぜひお楽しみください。

対談インタビュー

長坂常(建築家) ×
廣瀬雄一(江戸小紋職人)

伝統の“タブー”を
超えたところに。

伊勢型紙(いせかたがみ)を駆使し、精緻きわまりない手仕事によって完成される江戸小紋。粋な遊び心をはらんだ、類まれな美意識に敬意を払いながら、長坂さんが、廣瀬さんの協力を得て、ともに挑んだのは、“エラーを生かす”、“タブーを超える”ということでした。伝統工芸に息づく叡智が、これまでにないアプローチによって躍動する。出来上がったばかりの展示作品を目の前にして、二人の対話から、その確かな手応えが伝わってくるようです。

Photography:Kazumasa Harada
Interview & Edit:Yasuyuki Takase,
Naoe Hanamido (EATer)

伝統工芸に潜む、
DNA的なものを
拾い上げてみたい。

江戸小紋の起源をさかのぼると、室町時代、武具の一部にあしらわれた文様が、衣服にも染められるようになったことが端緒にあたります。江戸時代に入ると、大名をはじめとする武士たちが、礼装であった裃(かみしも)にさまざまな型染めを盛んに用いるようになり、これが契機となって、中期以降には庶民の装いにも広く普及していきました。

このような長い歴史をもつ伝統工芸である江戸小紋について、長坂さんは、まず、どのような魅力を見出されたのでしょうか。

伝統工芸として残っているということは、至難な差別化を成しえて、確固たる特徴をもった手法として認められ、受け継がれてきた歴史があるわけですよね。江戸小紋というのは、遠くから見ると単色の無地にしか見えないけれど、近くで見ると、じつは非常に細かな文様に染められている。そうした染め物が生まれた背景には、当時の幕府から発せられた、華美な着物を禁じた奢侈禁止令に対する反発があって。その結果こういった、いま考えると、ものすごく贅沢な手仕事が生まれてきたと。それはある意味、ナンセンスというか(笑)。合理性からは、理解しきれない。でもそれこそ、日本人らしい嗜好でもあって、そこがすごく面白いと思います。美濃で作られた和紙を使って、伊勢で型紙として仕上げられたものを、はるばる江戸まで取り寄せるという工程だけでも、たいへんな手間じゃないですか。やっぱり、ほかにはない特徴を誇るものづくりというのは、そう簡単に生まれてくるものではない。そういう意味でも、興味をもちました。

伝統的な製法として継承し、いまも守り続けているプロセスが、いかに特異なものであるか。当事者である自分たちにとっても、そういったことを考え直してみる、とてもいい機会になったと思います。今回の展示プロジェクトを通じて、長坂さんに客観的な視点から指摘していただいて、気づいたことがいろいろとありました。

僕自身は、どんなに艶やかできれいであっても、それだけでは興味をもてないんです。そのものが生まれてくる背景まで、自分の頭の中で結びつかないかぎりは、ほかとの違いをしっかり認識できないというか。それだけに、江戸小紋のような歴史的背景をもった工芸には、とても魅力を感じました。

江戸小紋としての伝統的な作り方、連綿と受け継がれてきた本流がある一方で、今回の展示のための作品づくりにおいては、どのような新しいアプローチが必要になったのでしょうか。

江戸小紋に限らず、歴史ある伝統工芸を、いまの社会に結びつけていくには、どこかで商業活動として成立することが必要になってくる。どうすればそうした機会につなげられるか、というのは重要かつ難しい問題です。そこで今回、僕たちが探求しようとしたのは、伝統工芸に潜む、なにかしらのDNA的なものを残していく、ということでした。いいところ全部を拾い切ることなど、とてもできないけれど、江戸小紋のものづくりの中で将来に引き継いでいける部分を、廣瀬さんとともに新たに見つけて、かたちにしていくという作業。制作プロセスを分節化し、価値や意味を細分化していく中で、次第に理解できていくことも数多くありました。

各工程を見直してみることで、
可能性が見つかった。

今回の展示作品の制作においては、“エラーを生かす”ということが、鍵になっていると伺いました。たとえば、通常は使うことのない、破れてしまっていたり、目が詰まっているような伊勢型紙  破れてしまっていたり、目が詰まっているような伊勢型紙をそのまま型付けに使う。あるいは、型付けや地色染めの際に、本来であれば使い込まれた平滑な染め板を使うところを、パンチング加工で穴の開いたアルミ板  パンチング加工で穴の開いたアルミ板や、うづくり加工された凹凸の激しい木板  うづくり加工された凹凸の激しい木板を使ってみる。さらには、単色ではなく2色の地色糊を使ってマーブル状の色合い  2色の地色糊を使ってマーブル状の色合いに染めていたり、あえて色ムラが生じるような蒸し方も試されています。さまざまな工程において、江戸小紋の伝統的な製法からすると“タブー”といえるものばかりですが、そうした手法を採用するアイデアは、どのようにして生まれたのでしょう。

まずは廣瀬さんに、それぞれの工程について訊きながら、エラーやタブーにあたる具体的なケースを教えてもらい、それをきっかけに考えていきました。どんなものづくりでも、工程の中には面白いところがあるものなので、その一つひとつを見直してみることから始めてみたということです。

自分たちはいつも、最終の仕上がりばかりに注意を向けていて、途中の過程において、ほかの可能性を探ってみるということを、ほとんどしてこなかったように思います。そうではなく、ある工程のやり方を変えてみることによって、また違った可能性も生まれてくるというのが、まさしく今回の大きな発見でした。

実際の型付けの作業では、先に触れたように、穴が開いていたり、凹凸のある板を使うことで、伊勢型紙に思った以上に負荷がかかったり、作業に要する時間が何倍もかかったりしたそうですね。

はい(笑)。僕自身は楽しみながら作業をしましたが、職人さんによっては、相当難しく感じるだろうと思います。ただ、そういう予想外のことがあったからこそ、自分の頭が固くなりかけていたことにも気づきました。これまで通りでは、いけないところもあるんだなと。

廣瀬さんは、いろんな場面で、すぐに理解して応じてくれたんですよ。じつは僕たちも、最初はちょっとドキドキしていたところがあって。伝統工芸を続けている方に、こんなやんちゃなことをお願いしても大丈夫かなと(笑)。でも、もうこのアプローチしかないと思って、いざ相談しにいったら、いろいろと積極的に提案してくださった。僕たちが目指していたところよりも、さらに先のほうまで想像してくれていて、すごく助かりました。

そうでしたか(笑)。

はい、本当に。僕たちの建築の仕事でも、大工をはじめとして職人の方たちと相談をする際には、先々のイメージを共有できていないと、そこから話が進まなくなってしまう。今回は廣瀬さんにとって、おそらく、いつもの作業に比べると、あり得ないことだらけだっただろうと思います。ただ、そうした中でも、ご本人なりに、いつもと違った美しさを見つけ出そうとしてくれているように受け取りました。僕たちには手を出せない領域があって、専門の方の力を頼らなければいけないときに、廣瀬さんのように取り組んでくれる方は、とても心強い。それは、作り手の誰しもがもっている資質ではなくて、いつものやり方と違うということで、抵抗のある人のほうが多いように思います。今回の展示作品は、廣瀬さんだからこそ、できたものです。

ありがとうございます。こうして出来上がってみると、その価値を決めるのは、実際に見にきてくれる人たちなんだなと、期待が膨らんできます。やっぱり、自分たちのほうから門を閉ざしてしまっては、いつまでたっても何も変わらない。それは、いままでずっと感じていたことなので、今回の展示を実現できたことは、すごくうれしいです。

この一回のプロジェクトで答えを出しきることは難しいけれど、今回の展示を見て、僕たちが想像もできないような反応があったり、もっとこんなことはできないか?といった意見をもらったり、なにかしら次につながるような、いままでにないきっかけをつくれたらいいのかなと思います。

現代の実生活との結びつきが、
今後ますます重要に。

長坂さんのほうでは、今回の展示作品として家具を制作し、〈PIXEL TABLE〉、〈PIXEL CHAIR〉  〈PIXEL TABLE〉、〈PIXEL CHAIR〉といった名称をつけています。これらの作品は、デジタル画像を構成する最小単位であるピクセルを、江戸小紋の微細な柄のように見立てたということでしょうか。

そうですね。シアン、マゼンタ、イエローを使って細かな柄を構成  シアン、マゼンタ、イエローを使って細かな柄を構成しているのですが、その3色の配色の順序を変えると、見え方が違ってくる。さらに、遠くから見るとそれぞれの色面のように見えるけれど、近づいて見ると、無数の小さな色の粒の重なりであることがわかる。先ほど言ったように、江戸小紋に息づいているDNA的な特徴を、僕たちなりに拾い上げてみた作品です。このように、長く継承されてきた特徴の一部分でも、自分なりに創作に生かしていくと面白い。ものづくりの工程や、作品のもつ価値を、一度分解してみると、新しいアプローチが見えてくることがあるという一例です。

いったん目線を変えてみるとか、また元に戻してみるとか。スポーツで競うアスリートにとって、定期的に練習方法を変えてみることが必要なように、意識的に向き合い方を刷新していくことが、やはり大切なのでしょうね。

自分自身を俯瞰で見直してみる作業に近いのかもしれません。いくつもの厳しい条件が満たされていないと伝統工芸とは認められない、というルールがあることはわかります。でも、そこに縛られているだけでは、これから先細りしていくことは避けられない。この先の15年ではなく100年、あるいは、もっと先の未来にまで残していくならば、立ち止まることで価値を高めようとするよりも、いまの実生活と密接な関係を築いていくことを、考えていくべきではないでしょうか。江戸小紋に限らず、伝統工芸がこれからも長く生き残っていくためには、視点を変えてみることが、ますます重要になってくるだろうと思います。

それでは、今回の展示のための作品づくりを通して、江戸小紋という伝統工芸に、どのような新しい可能性が見えてきたでしょうか。

小紋のように細かな柄でも、データ化してプリンターで出力するのであれば、これと決めた柄そのものが、即座に目の前に現れますよね。でも、廣瀬さんが手がける江戸小紋のように、手仕事によって作られるものは、まるで違う。この工程やあの工程を、こう変えてみたらどうだろうかと、いままでにない手法を模索し、挑戦することで、予想のつかないものが出来上がってくる。自分のために作られたものであれば、なおさら、そのものづくりの過程に思いを馳せながら、長く使い続けていくという楽しみも生まれます。この展示を通して、より多くの人に、江戸小紋のものづくりに興味をもっていただいて、これまでにないカスタムメイドのようなものが実現していったら、もっと面白くなる。それこそ、手づくりならではの楽しさといえるのではないでしょうか。

たしかに、今回制作したような染め物を、着物に仕立てて着てみたい、という方がいらしたら、うれしいです。江戸小紋のような染め物だけではなく、織り物などにも、こういったアプローチを応用していくことができるかもしれません。いままでとは違ったプロセスから生まれたものによって、伝統工芸も新しい楽しみ方を提案していくことができる。そうした実感こそ、これからの糧になっていくだろうと思います。

長坂常

1971年生まれ。建築家。1998年に東京藝術大学美術学部建築学科を卒業。同年、現在も代表を務めるスキーマ建築計画の前身となるスタジオを設立。2007年より、ギャラリーやショップを併設するシェアオフィスHAPPAで活動したのち、2015年に青山に移転、単独でオフィスを構える。店舗や個人住宅の建築設計、内装や展示のディレクション、家具のデザインなど、多岐にわたって、実際の環境と調和する新たな価値を提案。近年は、国内外のブルーボトルコーヒーの店舗設計も手がける。著書に『B面がA面にかわるとき(増補版)』(鹿島出版会)、『長坂常|常に思っていること(現代建築家コンセプト・シリーズ23)』(LIXIL出版)、スキーマ建築計画の作品集として『Jo Nagasaka / Schemata Architects』(Frame Publishers)など。

廣瀬雄一

1978年生まれ。染め職人。10歳からウインドサーフィンを始め、シドニーオリンピックの強化指定選手にも選ばれるなど、世界各地を巡りながら競技に打ち込む。大学を卒業後、2002年より、家業である染め物の職を継ぐ。1918年に創業された廣瀬染工場の四代目として、江戸小紋の文化や魅力を、国内外に広く伝えるべく活動。2012年には、よりカジュアルに江戸小紋を楽しむことのできるストールのブランド〈comment?(コモン)〉を立ち上げ、パリで開催される展示会にも出展を続けている。

亜空間として形成する
伊勢型紙・江戸小紋の世界
―廣瀬染工場創業100周年記念―
長坂常(建築家) ×
廣瀬雄一(江戸小紋職人)

会期: 2018年7月17日(火) - 8月26日(日) /
11:00 - 20:00 / 無休

主催: GYRE

企画: 生駒芳子(ファッション ジャーナリスト)

監修: 飯田高誉(スクール デレック芸術社会学研究所所長)

グラフィックデザイン: 長嶋りかこ(village ®)

制作協力: 廣瀬染工場

会場設営: TANK

“PIXEL FURNITURE” 製作: ニュウファニチャーワークス

衣桁製作: super robot

協力: HiRAO INC

CONTACT: GYRE(03-3498-6990)

会場: EYE OF GYRE - GYRE 3F

長坂常 × 廣瀬雄一 トークセッション

日時 : 2018年7月19日(木) / 19:00 - 20:00
モデレーター : 生駒芳子

〈目くそ鮫〉と名付けられた、二人の共同制作による作品

〈目くそ鮫〉に使われた、目詰まりした「鮫」柄の伊勢型紙

型染めによってパンチング加工の穴が模様として現れた生地を、地色染めしていく作業

うづくり加工された凹凸のある木板の上で、型染めをしていく作業

2色の地色糊を混ぜ合わせながら、マーブル状の色合いを描いていく作業

長坂さんの家具の作品〈PIXEL CHAIR〉(左)、〈PIXEL TABLE LOW〉(右)

長坂さんによる家具の作品のために試作された素材

  • 建築家の長坂常さん(左)、染め職人の廣瀬雄一さん(右)
  • 長坂さんによる家具の作品のために試作された素材
  • 〈目くそ鮫〉に使われた、目詰まりした「鮫」柄の伊勢型紙
  • 〈目くそ鮫〉に使われた、目詰まりした「鮫」柄の伊勢型紙
  • 黒と銀鼠(ぎんねず)の2色の地色糊を混ぜることで、マーブル状の色合いに
  • 型染めによってパンチング加工の穴が模様として現れた生地を、地色染めしていく作業
  • 型染めによってパンチング加工の穴が模様として表れた生地を、地色染めしていく作業
  • 型染めを終えた生地に、うづくり加工された木板の凹凸がうっすら模様になって現れる
  • 廣瀬染工場では、古くは江戸時代後期に作られたものから、およそ4千種類もの柄の伊勢型紙を所蔵している
  • パンチング加工によって穴を開けたアルミ板の上で、型染めをしていく作業
  • うづくり加工された凹凸のある木板の上で、型染めをしていく作業
  • 長坂さんの家具の作品〈PIXEL CHAIR〉(左)、〈PIXEL TABLE LOW〉(右)
  • 長坂さんの家具の作品〈PIXEL CHAIR〉(左)、〈PIXEL TABLE LOW〉(右)
  • 2色の地色糊を混ぜ合わせながら、マーブル状の色合いを描いていく作業
  • 「毛万筋」柄の伊勢型紙は、柄の継ぎ目を補修せずに仕上げた反物の作品〈柄ぐせそのまま〉に使われた