この展覧会は、デヴィッド・リンチ本人とキュレーターを務める飯田高誉によって何回も話し合いながら直接作品選定したものです。この作品の選定基準は、本展覧会タイトルとなっている「精神的辺境の帝国」というコンセプトに合わせたものです。すなわち、リンチの創作の原点を見据えた展覧会構成となります。つまり、リンチの初期の実験映画『イレーザーヘッド』と、その映画ロケを行った制作現場のフィラデルフィア工業地帯へのインスピレーションに捧げたものとなっています。選りすぐりのペインティング7点、ドローイング3点、工業地帯の写真22点、水彩画12点による展覧会構成となります。

「デヴィッド ・ リンチ_精神的辺境の帝国」展

飯田高誉
本展覧会企画者/スクールデレック芸術社会学研究所所長

「エンディングを考えて映画を作ったり、誰かに語ってもらうために絵画を描いているのでもなく、自らの潜在的な感覚や意識と出会うために作品制作しているのだ。私にとって創作活動の表現で重要なことは、悲観的に人間を描写することではなく、人の複雑で神秘的な意識や夢に迫り、日常的に埋没している自らの潜在的意識と出会うことである。人間の無意識には、一貫して険悪な重低音とも言うべきノイズが流れている。その重低音に耳を傾けるためには、非日常的な意識が生まれている場所に到達しなければならない。そのとき見ている夢をいかに描写できるのかということが私にとって不可欠だ」と、以前リンチのウエストハリウッドのスタジオを私が訪ねたときに語られた彼の言葉。恐らくリンチは、彼の世界を他者に解釈されたりすることを望んでおらず、むしろ、作品を介して人々が自らの意識に深くダイビングすることを示唆している。映画「イレーザーヘッド」の完全版を日本で上映するに当たって、1993年夏、リンチから私に次のメッセージが託された。そのメッセージに彼の作品鑑賞法の鍵が隠されていた。「暗く不安を掻き立てる物事に充ちた夢。この世界には二種類の人間がいる・・・それに気づかずに眠る人、そしてもうひとりはそれを夢見る人」。後者に属する人でなければ、リンチの世界はあまりに理解不能であるばかりかトリビアの罠にはまって身動き取れなくなるであろう。

David Lynch, untitled (Berlin 5356: 35) , (1999) archival silver gelatin print, 11'' x 14''Ed. 11

1965年にフィラデルフィアのペンシルヴァニア・アカデミー・オブ・ファイン・アーツに入学し、工業地帯にあるモルグ(死体置場)の隣のアパートで暮らし始める。リンチ曰く「フィラデルフィアの美術学校時代は、私にとって最も様々なレベルでインスピレーションを得ることができた。腐敗し崩壊したこの場所で、闇に包まれたストレンジ・ピープルたちが棲息していた。ある日曜日、同じアパートに住んでいる隣人が家族そろって教会に行く途中暴漢に襲われ、父親が頭を割られ息子が撃たれて死んだ。平凡な日曜日に突然襲う死。また、工業地帯の至る所にある水たまりの同じ場所にずっとたたずんでいる青年。廃線になっている線路にいつも耳をあてているひとりの労働者。走っている車の窓ガラスを次々に素手で血まみれになりながら激しく割り続けている黒人の男。僕にとってフィラデルフィアは、ゾクっとするほどシュールレアリスティックで暗いインスピレーションの宝庫となった」とその当時を振り返りながら瞳を暗く輝かしてリンチは語る。

David Lynch, untitled (England 15: 31), (late 1980s - early 1990s) archival silver gelatin print, 11'' x 14''Ed. 11
David Lynch, untitled (Lodz 6884: 20), (2000) archival silver gelatin print, 11'' x 14''Ed. 11
David Lynch, untitled (New Jersey 13: 7), (c. 1986) archival silver gelatin print, 11'' x 14''Ed. 11

私にとってリンチとの最初の出会いは20年前でその当時のスタジオは、母屋の隣に増築した今のそれとは比べものにならないほど小さなものであった。そこはフィルムや音楽用のポータブル編集機が備え付けられており、スタッフワークの前に徹底して自分自身の無意識や夢、個人的なトラウマを意識化できる精神活動の場でもあったのだ。勿論、画家として孤独に試行錯誤する画室でもあった。今でもあの時の絵の具の匂いが忘れられない。当時のスタジオで「ものを創ること」に対するリンチの精神性や態度は今のデジタル化されたスタジオにおいても全く変わっていないばかりか、ますますリンチの「深淵」と「混沌」は極まり、「闇」は深まっている。

そこで「創作活動」とは何のかという根源的な問いをリンチに投げ掛けてみた。彼は少し間をおいてゆっくり語り始める。「世の中は”雲”のようなものであって、”雲”の流れはコントロールできるものではない。そういうときこそ、”雲”に惑わされるのではなく、自分が為すべきことに集中しなければならない。このことによってはじめて”雲”を越えることができるものと確信している」。トレンドとは別にそもそも人間の不条理な心理的葛藤を一貫して描写し続けているリンチにとって、「雲」の動きに翻弄されることこそ愚かなことはない。「私の創作活動における考え方は、こうだ。ドーナツを見よ、けっして真ん中の穴(虚無)は見るなと。つまり、不安に包まれずに、自身の仕事を楽しみ愛し続けることこそが重要なんだ。そうすると自ずとサポート・システムができてくる」。

David Lynch, HEAD WITH BUG ON HEAD, (2010) mixed media on paper, 16'' x 14 3/4''
David Lynch, HEAD WITH BUG ON HEAD, (2010) mixed media on paper, 16'' x 14 3/4''

デヴィッド・リンチからのメッセージ

ペンティングと映画にあてはまる、従うべきルールがある。このルールは、とても親密なもので抽象的なものである。 なおかつ、無限の可能性を秘めている。ときにこれらのルールは存在しないとさえも思わせるほどだ。しかし、確かに、 ルールは存在する。それらのルールは本には書かれていないが、我々の精神と心の中に内在する。行動と決断の直前、 あるいは直後に、それらは直感を通してその存在を現す。これらのルールは、すべての表現媒体に適応する。それらに 従えば、幸福がもたらされる。

デヴィッド・リンチ(David Lynch, 1946年1月20日 - )米国モンタナ州出身、映画監督、脚本家、プロデューサー、画家。映画監督としてのキャリアの前にオスカー・ココシュカのもとで絵画を学ぶためオーストリアへ渡ったが、街があまりにも綺麗で自身の中での創作意欲が萎えてしまい、3年間滞在する予定であったが、わずか15日間でアメリカへ帰国することになる。その後フィラデルフィアの工業地帯のモルグの隣に居を構え、「ストレンジピープル」(リンチ)が棲息する混沌としたこの地に多大なインスピレーションを得て映画製作に集中する。短編『THE ALPHABET』(本展出品作品)で奨学金をもらい、1972年から5年の歳月をかけ『イレイザーヘッド』を自主制作し、映画監督としてデビューする。1990年、『ワイルド・アット・ハート』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞。2001年、『マルホランド・ドライブ』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。2006年実験的な長編大作『インランド・エンパイア』を発表、第63回ヴェネチア国際映画祭にて映画人として長年にわたり多くの優れた作品を生み続けていることを称える栄誉金獅子賞を受賞。2007年にはカンヌ国際映画祭の「世界の映画監督50人が作る短編映画」に、彼の作品がオープニング上映を飾っており、絶賛された。最近ではツイン・ピークス - Twin Peaks (2017年、監督・製作総指揮・企画・出演) - シーズン3あるいは ”The Return” と呼ばれるテレビ番組シリーズを復活させた。また、リンチにとって絵画制作は映画製作と同様の強度で行っている表現である。カルティエ現代美術財団(フランス)では、リンチのアートワーク(絵画、写真、彫刻)による大きな個展(2007年)が開催され、続けてマックス・エルンスト美術館(ドイツ)でも個展開催(2009年)が行われた。アートワークの評価がますます高まり、今までの長年にわたるアートワークの業績を称えて美術界において権威ある「 Goslar Kaiserring award for 2010」を受賞した。受賞者は錚々たる面々である。ヘンリ・ムーア、マックス・エルンスト、ヨゼフ・ボイス、ゲオルグ・バゼリッツ、ゲルハルト・リヒター、シンディ・シャーマン、ジグマール・ポルケ、クリスチャン・ボルタンスキー、ジェニー・ホルツァー、ヨルク・インメンドルフ、マシュー・バーニー、アンドレアス・グルスキー、ブリジット・ライリー、オラファー・エリアソン、そして去年はヴォルフガング・ティルマンスなど世界的に活躍している作家が受賞している。

「デヴィッド ・ リンチ_精神的辺境の帝国」展

会期 : 2019年4月19日(金)ー6月23日(日)
開場時間 : 11時ー20時
会場 : GYRE GALLERY / GYRE 3F 東京都渋谷区神宮前5-10-1
CONTACT : 03-3498-6990
キュレーション : 飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
デザイン : 長嶋りかこ(village ®)
展示設営 : 小林丈人 / 太田遼 / 伊藤久也
協力 : David Lynch Studio / Kayne Griffin Corcoran / Anna Skarbek / SCAI / HiRAO INC