「呪われた創造者よ、神は慈悲をもって人間を自らの姿に似せて美しく造ったが、私の姿は人間に似ているがゆえにかえって不快で醜いものになった。私はおまえ自身なのではないか?」
-メアリー・シェリー『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』


イギリスのSF 小説家メアリー・シェリーが「フランケンシュタイン」を発表して2018年で200年となる。その小説の中で科学者が生物の断片をつなぎ合わせて生み出した怪物は、その後、何百という芸術作品のテーマになってきたが、そこで提起された「創造物による創造主への反乱」や「神に代わり生命を創り出すことの矛盾」といった問題は、AIや遺伝子組み換え技術が飛躍的に発展する今日、古びるどころか、ますます現代的なものになってきている。

本展では「フランケンシュタイン」で提起された問題のいくつかを今日のものとして再考すべく、バイオテクノロジーや生物を使った芸術潮流「バイオアート」の騎手として注目される国内外のアーティストの作品を中心に紹介する。

ゴッホの左耳をDNAを合成して再現するドイツのディムット・ストレーブ、路上のゴミからDNAを抽出し個人の顔を復元するアメリカのデューイ=ハグボーグ、アレキサンダー・マックイーンの皮膚を幹細胞技術で再生しレザージャケットに仕立てようとするイギリスのティナ・ゴヤンクなど日本で初公開となる作品や資料を3章構成で展示する。それらを通して、フランケンシュタインの諸問題を今日の芸術の3つの文脈ー「死者の蘇生」「人新世」「生政治」ーから読み解くことを試みる。(髙橋洋介 / 金沢21世紀美術館学芸員)

第1章 「蘇生」

フランケンシュタインの怪物は、死者の断片をつなぎ合わせることで生み出されたが、「死者を断片的に蘇生する」ことはバイオアートが伝統的な芸術に突きつける新たな主題である。このセクションでは、ゴッホの親族のDNAをつなぎあわせ、ゴッホが1888年に切り落とした左耳を蘇生したディムット・ストレーブの「Sugababe」(2014-)、アレキサンダー・マックイーンの皮膚を本人のDNA から幹細胞技術によって再生してレザージャケットに仕立てようとするティナ・ゴヤンクの「Pure Human」(2016-)、神話上の生物である一角の白馬ユニコーンを骨や臓器から毛まで精密に再現し、瀕死の姿で展示する平野真美の「蘇生するユニコーン」(2014-)の3作品を通して、「死者の蘇生」という主題の現代的な意味を、哲学、倫理、技術、ファッションなどの側面から問う。

ディムット・ストレーブ
「Sugababe」2014-
©️Diemut Strebe
ティナ・ゴヤンク
「Pure Human」2016-
photo:Tom Mannion
©️Tina Gorjanc
平野真美
「蘇生するユニコーン」2014-
©️Mami Hirano

第2章 「人新世」

小説フランケンシュタインの副題は「現代のプロメテウス」であった。これは、現代科学の知識の追求が引き起こす破滅を、人類のために太陽から火を盗んだプロメテウスになぞらえて表した隠喩である。この章では、自然の謎を隈なく理解、征服しようとする人為が地球環境を覆った後の世界や、「人工物と混じり合う第3の自然を生きること」について、AKI INOMATAの生物と人工物の共生を扱う作品群、人新世を主題に石化したプラスチック片をつくる本多沙映の作品などを通して考える。

マーク・ダイオン
「タール漬けの鳥」2003-
photo:Yohsuke TAKAHASHI
©️Mark Dion
本多沙映
「Everybody needs a rock」2016-
©️Sae Honda
AKI INOMATA
「girl, girl, girl , , ,」2012-
©️AKI INOMATA
ロバート・スミッソン
「Glue Pour」1969-
Vancouver, Canada / Exhibition print from original 126 format color transparency, printed 2018 / 12 x 12 in. / Collection of Holt/Smithson Foundation / © Holt/Smithson Foundation, licensed by VAGA at ARS, New York

第3章 「生政治」

物語の中で、フランケンシュタイン博士は、生命の謎を読み解き、死体をつなぎ合わせ、生命を人工物として再構成することに成功したが、200年前の1818年、それはまだ単なるおとぎ話に過ぎなかった。しかし、2012年にクレイグ・ベンダーによる完全な合成微生物の作成が成功し、幹細胞技術によって生物の時間がある種逆戻しできるようになった今、それは現実としてのリアリティを帯び始めている。最終章では、生命の謎の一部が解明され、情報として読み解かれる現代において、情報としての生命が実際の社会の統治・政治にどのように関わるかについてBCLとヘザー・デューイ=ハグボーグの作品を通して思弁する。

BCL
「DNA Black List Printer」2018-
©️BCL
ヘザー・デューイ=ハグボーグ
「Stranger Visions」2012-2013
©️Heather Dewey-Hagborg

作家略歴

ロバート・スミッソン1938年ニュージャージー州(アメリカ)生まれ‒1973 年テキサス没。ランドアートとよばれる1960 年代後半の重要な美術運動を代表する作家のひとり。主な作品に「スパイラル・ジェッティ」(グレート・ソルト湖、1970)など。近年の主な大回顧展に「ロバート・スミッソン」(ロサンゼルス現代美術館、2004)、「ロバート・スミッソン:風景の発明」(ジーゲン現代美術館、ドイツ、2012)など。その活動は多くの作家に影響を与え、ヴィック・ムニーズやタクティカ・ディーンらがオマージュ作品をつくっている。

マーク・ダイオン1961年マサチューセッツ州(アメリカ)生まれ。1986年、ハートフォード大学美術学校卒業。2003年、同大学名誉博士号。考古学や科学的な手法を転用した展示によって科学の「合理性」に疑問を投げかける作風で知られる。主な個展に「海洋マニア」(モナコ海洋博物館、2011)「考古学を救出せよ」(ニューヨーク近代美術館、2004-2005)、「マーク・ダイオンとテムズ川を掘る」(テートギャラリー、1999)など。主なグループ展に「ドクメンタ13」(カッセル、2012)など。主な受賞歴にラリー・オルドリッチ財団賞(2001)など。

ディムット・ストレープ1967年ドイツ生まれ、ボストン在住。アーティスト。カントやウィトゲンシュタインなどの哲学的な主題を合成生物学や組織工学、天文学を用いて表現する作風で知られる。主な作品に言語学者ノーム・チョムスキーと生体工学者ロバート・ランガーとの共作《Yeast Expression》など。NASAやハーバード大学の生体組織工学者チャールズ・バカンティ、遺伝学者ジョージ・チャーチ、MITの航空宇宙工学者ブライアン・ワードルなど各分野の権威と作品を生み出している。主な個展に「ディムット・ストレーブ:Sugababe」(ZKM、ベルリン、2014)など。

ティナ・ゴヤンク1990年スロベニア生まれ、ロンドン在住。コンセプチュアル・アーティスト/スペキュラティブ・デザイナー/研究者。2016年、セントラル・セントマーチンズ大学大学院修士課程未来素材専攻修了。同年、ミューレン・ロウ・ノヴァ賞およびエーダッシュデザインアワード衣服部門銀賞受賞。特にバイオテクノロジーを応用したファッションプロジェクト「Pure Human」で世界的に知られる。主なグループ展に「スペアパーツ」(サイエンス・ギャラリー・ロンドン、2018)、「バイオファブリケイト」(パーソンズ美術大学、ニューヨーク、2016)など。

ヘザー・デューイ=ハグボーグ1982年、フィラデルフィア生まれ。ニューヨーク在住。パーソン公共空間に落ちている遺伝物質(タバコや髪の毛)を分析し肖像を制作した「Stranger Visions」など芸術と生物学を横断し、生政治を批判する芸術実践で知られる。主なパブリックコレクションにポンピドゥーセンター、V&A 美術館など。主な個展に「A Becoming Resemblance」(トランスメディアーレ、ベルリン、2018)、「Open Circuit」(ニューヨーク近代美術館PS1、2011)など。主なグループ展に「Future Design」(世界経済フォーラム、ダボス、2015)「GLOBAL」(ZKM、2015)など。主な受賞にVIDA特別賞(2015)など。

BCL芸術を通して、科学やデザインなどの領域を超えた研究・実践を行うアーティスト集団。2004年にゲオアグ・トレメル(1977-)と福原志保(1976-)によってロンドンで結成。2007年より東京に拠点を移動、近年は特にバイオテクノロジーの発展が与える社会へのインパクトに焦点を当て活動を展開。近年の主な個展に「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」(金沢21世紀美術館、2015-2016)など。主なグループ展に「アルス・エレクトロニカ2016『Radical Atoms』」(POSTCITY、オーストリア、2016)、「青森トリエンナーレ2017」(国際芸術センター青森、2017年)、「コレクション展2死なない命」(金沢21世紀美術館、2017-2018)など。

AKI INOMATA東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。生き物との協働作業によって作品制作をおこなう。主な作品に、都市をかたどったヤドカリの殻をつくり実際に引っ越しをさせる「やどかりに『やど』をわたしてみる」、飼犬の毛と作家自身の髪でケープを作ってお互いが着用する「犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう」など。近年の展覧会に「Asian Art Award 2018ファイナリスト展」(Terada Art Complex、東京)、「Coming of Age」(Sector2337、シカゴ、2017)、「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」(2016)など。2017年ACCの招聘でニューヨークに滞在。

本多沙映1987年、千葉県生まれ。アムステルダム(オランダ)在住。2010年、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、2013年から2016 年までアムステルダムのヘリット・リートフェルト・アカデミージュエリー学科で学ぶ。代表作の「EVERYBODY NEEDS A ROCK」のうち3点はアムステルダムの市立近代美術館が所蔵。近年の個展に「FUTUREPRIMITIVE」(GALERIE ROB KOUDIJS、アムステルダム、2017)など。主なグループ点に「Ventura Lambrate 2017」(ミラン、イタリア、2017)、「国際北陸工芸サミット『ワールド工芸100 選』」(富山県美術館、2017-2018)など。

平野真美1989年、岐阜県生まれ。東京藝術大学大学院先端藝術表現専攻修了。闘病する愛犬や、架空の生物であるユニコーンなど、対象とする生物の骨や内臓、筋肉や皮膚など構成するあらゆる要素を忠実に制作することで、実在・非実在生物の生体構築、 生命の保存、または蘇生に関する作品制作を行う。主な個展に「蘇生するユニコーン」(ギャラリーマルヒ、2018)など。主なグループ展に「清流の国ぎふ芸術祭2017」(岐阜県美術館、2017)、「トーキョーワンダーウォール2014入選作品展」(東京都 現代美術館、2014)など。

監修者略歴

飯田高誉1956年、東京都生まれ。インディペンデント・キュレーター/スクールデレック芸術社会学研究所所長。
京都造形芸術大学国際芸術センター所長。青森県立美術館美術統括監、森美術館理事会理事などを経て、2018年に「スクールデレック芸術社会学研究所」を設立。
近年の主な企画に「コンセプト・オブ・ハピネス アニッシュ・カプーアの崩壊概論」(GYRE、2017)、「アセンブル_共同体の幻想と未来」(GYRE、2016̶-2017)、「横尾忠則の「昭和NIPPON」-反復・連鎖・転移」(青森県立美術館、2013)、「超群島- ライトオブサイレンス」(青森県立美術館、2012)、「デヴィッド・リンチ~暴力と静寂に棲むカオス」(ラフォーレ原宿、2012),「森万里子:再生 (Rebirth)」(ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ/ジャパン・ソサエティ、ニューヨーク、2012-14)、「堂島リバービエンナーレ2011『Ecosophia』」(堂島リバーフォーラム、大阪、2011)、「戦争と芸術Ⅰ-Ⅳ」(京都造形芸術大学、2006-2009)など。主な著作に「戦争と芸術- 美の恐怖と幻影」(立東舎、2016)、「アートと社会」(竹中平蔵・南條史生編著/東京書籍、2016)など。

企画者略歴

髙橋洋介1985年、東京都生まれ。金沢21世紀美術館アシスタント・キュレーター。
東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。青森県立美術館勤務を経て2014年より現職。
金沢21世紀美術館での近年の主な企画に「DeathLAB: 死を民主化せよ」(2018-2019)、「バイオバロック」(2017)、「コレクション展2死なない命」(2017-2018)、「Ghost in the Cell: 細胞の中の幽霊」(2015-2016)など。主な講演に「超人間中心主義のルネサンス」(東京大学、2015)など。主な論考に「バイオファッションにおける半生命的素材の諸問題」『vanitas 005』(アダチプレス、2018)、「遺伝子組み換え生物体による『芸術の転換』をめぐって」『研究紀要R7号:特集 バイオテクノロジーと芸術』(金沢21世紀美術館、2017)、「日本現代美術における超人間中心主義」(東京藝術大学、2012)、「ポスト人間中心主義と芸術」(ジェフリー・ダイチへのインタビュー/Realkyoto、2009)など。2018年、美術手帖1月号「特集バイオアート」編集協力。専門は、ポストヒューマン美学および超人間中心主義の芸術。

2018年のフランケンシュタイン - バイオアートにみる芸術と科学と社会のいま

会期 : 2018年9月7日(金) - 10月14日(日) / 11:00ー20:00 / 無休
会場 : EYE OF GYRE - GYRE 3F
出品作家 : ロバート・スミッソン、マーク・ダイオン、ディムット・ストレーブ、ティナ・ゴヤンク、ヘザー・デューイ=ハグボーグ、BCL、AKI INOMATA、本多沙映、平野真美
主催 :
GYRE / スクールデレック芸術社会学研究所
監修 : 飯田高誉(スクール デレック芸術社会学研究所所長)
キューレション : 髙橋洋介(金沢21 世紀美術館 学芸員)
グラフィックデザイン : 長嶋りかこ(village®)
協力 : HiRAO INC
CONTACT : GYRE(03-3498-6990)