2021年宇宙の旅 モノリス_ウイルスとしての記憶、そしてニュー・ダーク・エイジの彼方へ

1968年に公開された『2001年宇宙の旅』は、人間とテクノロジーの関係、人類の進化をテーマにしたSF映画の金字塔である。物語は、猿人が謎の黒い石板「モノリス」に触れたことで道具を手にし、 「ヒト」へと進化。やがて宇宙へ進出するまでに発展する。人類は「モノリス」の謎を解き明かそうと、初の有人木星探査に出発した。そんな旅の途中、宇宙船ディスカバリー号をコントロールしていたAI(人工知能)の 「HAL9000」が乗組員に反乱を起こす。続編『2010年宇宙の旅』では、モノリスが電脳空間的であるとともにコンピュータ・ウイルス的であることが証明される。
この一本の映画で人類は未来へと旅立った。本展覧会では、映画の時代背景となった2001年から20年経過した2021年を迎える現代、「HAL9000」の夢、「モノリス」のヴィジョンとは何かを問い直し、 そして、1980、90年代の電脳文化勃興を経て、「宇宙旅行」、「AIの反乱」、「非人間的な知性」、「人工的な進化」といった現代の諸問題を芸術作品によって探求していく。 宇宙を閉じ込めたトポロジカルな『宇宙の罐詰』、縄文の時空間を宇宙的マトリクスへワープさせる装置としての作品、宇宙でも人間が生きられるように臓器の機能を拡張するために作品化したコルセット、 市場から見捨てられたキャラクターがジュールベルヌのSFさながら月面を彷徨う映像作品、人間外の知性と生命を探求した作品、〈時空間の歪み=磁場〉の表象を内在させた作品、 そして「月の裏側」という概念を永遠のメタファーとして存在論的問題を提示した作品によって2021年の新たなパースペクティヴから読解を試み問い質していく。我々はどこから来たのか、 我々は何者か、そして我々はどこへいくのか・・・。  コロナ禍を迎えて絶対的な時間軸の崩壊と既存の価値観の転換が迫られている中、国際的に活躍し新たな作品に挑み続けている巨匠アニッシュ・カプーアから ニューダークエイジの旗手ジェームズ・ブライドルまで9組のアーティストが参加することによって、キューブリックの『2001年宇宙の旅』の宇宙観から人新世の時代を迎えた現代における未来観を問い掛けていく。
飯田高誉

※ 本展覧会は、映画「2001年宇宙の旅(原題「2001 a space odyssey」)」及び当該映画の管理を行うワーナー ブラザーズ エンターテインメント インコーポレイテッドとは一切関係がありません。

展示作品

第1展示室:「時空の歪み」
出品作家:赤瀬川原平/アニッシュ・カプーア/ダレン・アーモンド

アメリカの理論物理学者リサ・ランドールは、我々が暮らす3次元空間が多次元空間に囲まれていると述べている。線(1次元)、面(2次元)、立体(3次元)、そして時間(4次元)を加えた空間領域にもう一つの4次元宇宙が存在すると主張し、ジュネーブのCERN(セルン、欧州原子核研究機構)の大型素粒子加速器実験でその有効性を立証しようとしている。展示作品は芸術的アプローチによって日常に潜んでいる「時空の歪み」を浮かび上がらせ創造的にその存在を見る者に感知させる。科学の中に芸術を、そして芸術の中に科学を見いだせる境界領域を探求することこそ本展覧会のミッションである。

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  • 左:「宇宙の罐詰」(1964/1994)
    右:「ハイレッド罐詰」(1964)

赤瀬川原平(1934〜2014)
「宇宙の罐詰」(1964/1994)
「ハイレッド罐詰」(1964)

千円札を作品化「模型千円札」し、贋札事件として「通貨及証券模造取締法」違反の嫌疑によって起訴された当時、「宇宙の罐詰」と「ハイレッド罐詰」を制作した。 赤瀬川原平は高松次郎、中西夏之と「ハイレッド・センター」というユニットを結成し、個人用シェルターを予約販売する「シェルター計画」や、1964年開催された東京オリンピックを前提に白衣を着て銀座の路上を清掃する 「首都圏清掃整理促進運動」など、イベントやパフォーマンスを繰り広げた。本展覧会に出品された作品「宇宙の罐詰」は、上記の一連の既成概念を反転させる反芸術的パフォーマンスや活動と関連しており、作家自ら次のように言及している。 「私は蟹罐を買ってきました。そして罐切りで開けて中の蟹を食べました。蟹は私の体内に収まります。でその蟹罐をキレイに洗いました。それからレッテルを剥がし、もう一度キチンと糊をつけて、その罐の内部に貼り直します。 で開けたところをもう一度戻して隙間をハンダで密封します。その瞬間!この宇宙は蟹罐になってしまう。この私たちのいる宇宙が全部その蟹罐の内側になるのです」( 東京ミキサー計画―ハイレッド・センター直接行動の記録 /赤瀬川原平 より)。
この「宇宙の罐詰」は、2つの空間が連続的に変形して移り合うことが可能な宇宙のトポロジーを見事に表象し、さらに芸術という概念と大義を揺り動かしたのである。「芸術というのは非常に難しい言葉です。 罐詰食品みたいな言葉です。缶切りで罐の口を開けたとたんに、そのときから中身の芸術は少しずつ腐り始める」 (同書、赤瀬川原平より)。

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アニッシュ・カプーア(1954年〜)
「Syphon Mirror- Kuro」(2008)

アニッシュ・カプーアは、1980年代初頭以来、オブジェクト性、物質性、重力に関する「ヴォイド(=宇宙空洞)」の概念を探求し、その結果、「宇宙なる物体(objects becoming space)」 と呼ぶものにそれら概念を統合した。本展出品作品「サイフォン ミラー_クロ」は、この「ヴォイド」の概念に由来する「宇宙なる物体」シリーズに連なる作品である。また、フランスの画家ギュスターヴ・クールベが描いた 「世界の起源(L’Origine du monde)」をインスピレーションにしている。
19世紀に写実主義を切り拓いたギュスターブ・クールベが、1866年に制作した代表作が「世界の起源」である。横たわった女性が脚を開き、描かれた性器がクローズアップされた肉感的な絵画作品は、エロティシズムを包み隠さず、 その先に不可視の深淵な「ヴォイド」を浮かび上がらせた。従来の裸体表現に革命を巻き起こしたことは言うまでもない。これは「私は天使を描かない、なぜならそれは見えないからだ」というクールベの言葉に象徴されている。 「世界の起源」は、アニッシュ・カプーアの重力に関する「ヴォイド(=ブラックホール)」の概念と通底するものである。「ブラックホール」は、この宇宙で最も速い光(秒速約30万km)でさえも脱出できないほど重力が強いとされる天体である。 光では観測することができず、宇宙に空いた黒い穴のように見えると考えられていることからブラックホールと呼ばれるようになった。「サイフォン ミラー_黒」は、「2001年宇宙の旅」でも描かれた「5次元」(時間・空間に加えた重力)の 〈宇宙像=ブラックホール〉をあたかも表象するかのようだ。

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  • 左:「Intime (4 x 2) 」(2014)
    右:「Perfect Time (14 x 1) 」(2013)

ダレン・アーモンド(1971〜)
「Perfect Time (14 x 1) 」(2013)
「Intime (4 x 2) 」(2014)
「Somewhere Between III」(2018)
「Somewhere Between XII」(2018)
「Somewhere Between XV」(2018)
「Between Somewhere VI」(2018)
「Between Somewhere VII 」(2018)

「時間とは何であろうか。誰も私に尋ねなければ、私は知っている。尋ねる人に説明しようとすると、私は知らない」 (渡辺義雄<訳>『世界古典文学全集26 アウグスティヌス/ボエティウス』「告白」第11巻 第14章 筑摩書房)。直線的な時間軸の中で過去と未来とは,非存在性を自らの本質とするのに対し,現在は、今まさに在るということによって特徴づけられる。 時間の三つの構成要素(過去、現在、未来)の内,ただ現在こそが存在する時間であるということが,最初に立てられるのである。そもそも直線的時間とは、キリスト教的な時間概念によって誕生した。その根底にあるのは進歩という思想である。 18世紀ドイツの哲学者カントは時間が先験的なものであり、他の事象とは無関係に存在すると考えた。つまり時間とは人間の認識の外に存在するものであり、人間はそれを変化の尺度としてしか認識できないのだ。現代世界を支配するのは 西洋起源の科学的世界観であるが、それによれば時間とは一方向に直線的に流れるものである。これに関しては、20世紀初めにアインシュタインの相対性理論により、時間と空間が不可分であり、速度や重力によって時間の経過が変化することが 明らかになった。ダレン・アーモンドは、「時間の光」というタイトルで重力による時空の歪みについて自らの本展出品作品を通して次のように語っている。「紀元前1世紀のローマの詩人、ルクレティウス(Lucretius)は、 アトムス主義の描写において、空間と時間の淵に落ちる原子、原子に起こっている無差別な《スワーブ》(弧を描きながら軸をずらす)を書いた。彼はそこに何らかの性質があるためには、これらの原子の間で衝突が起こる必要があり、 これらの事故の衝突は小さく無差別の力、すなわち《スワーブ》と呼ばれる力によって発生したと説明した。私たちが早く現代に近づくと、私たちが最近この2年間でこの力を発見した。私たちが現在、重力波として知っている力である。 我々は、重力自体の中に非常に微妙な波紋があり、その重力はこれまで考えられていたように一定の力ではないことを確実に測定することができた。私たちは、私たち自身の銀河の中心に1つではなく2つのブラックホールがなければならないと結論付けた。 私たちの銀河の中心にあるこの2つの地震学的な黒い塊は、重力の引き込みを引き起こし、ルクレティウスの洞窟へと導いていく」

  • 「Between Somewhere VI」(2018)
  • 「Between Somewhere VII」(2018)
  • 「Somewhere Between III」(2018)
  • 「Somewhere Between XII」(2018)
  • 「Somewhere Between XV」(2018)

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第2展示室:「月面とポストトゥルース」
出品作家:ピエール・ユイグ/森万里子/オノデラユキ

今や現実と虚構の境界領域において数多のハプニング(フェイクニュースなど)が日常的に発生している。情報テクノロジーは進化し、産業構造や社会生活の変革が加速化している。しかし今、多くの人々は情報の海に溺れ、一元化された物語や「ポスト真実」に幻惑されている。本展示室の作家たちは、「見えているもの」と「見えていないもの」を入れ構造にして日常的視点に潜んでいる存在論的問題を提示していく。さらに古代の時間軸と多元的宇宙を掛け合わせたマトリクスへワープさせる装置によって芸術的創造力を浮かび上がらせる。「ポストトゥルース」時代における真の創造力、つまり芸術の存在理由を問うものである。

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ピエール・ユイグ(1962〜)
「100万年王国」(2001)

本作は、フランスの芸術家ピエール・ユイグとフィリップ・パレーノによって1999年から2002年にかけて行われた独創的なプロジェクト「No Ghost Just a Shell」の一環として生み出された。 1999年、ユイグとパレーノは、ゲーム・漫画市場のためにキャラクターを開発する日本のデザイン会社K-Worksから、名無しの2次元キャラクターの著作権を46000円で購入した。彼らは、購入したキャラクターに「アン・リー」 という名前とCGの身体を与え、他のアーティストと無料で共有することで、 分野を超えて複数の作家が無差別的に協働できる状況をつくりだした。
《100万年王国》において、線で描かれた半透明な「アン・リー」はたったひとり月面をさまよう。アニメーションに合わせて、デジタル合成された宇宙飛行士ニール・アームストロングの声が、アポロ11号月面着陸計画の物語と フランスの小説家ジュール・ベルヌの1864年の小説 「地底探検」 の一節を混ぜ合わせたナレーションを朗読する。氷山のような地形は、その声の抑揚にあわせて変化し続ける。映像の冒頭で、アン・リーが最初の一歩を踏み出すと、 「それは嘘です」という言葉が聞こえる。本作の制作年が、1968年に公開されたスタンリー・キュブリックの映画「2001年宇宙の旅」に重ねられていることを踏まえるなら、その言葉はキューブリックがスタジオで月面着陸を捏造したという 陰謀論を思わせ、本作の現実と虚構の間を漂うような感覚を補完する。

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森万里子(1967〜)
「トランスサークル」(2004)

本展覧会に出品される「トランスサークル」は、縄文と太陽系惑星群の運行と結びつけた題材にして制作した作家にとって記念碑的作品である。縄文から与えられたインスピレーションについて作家は 次のように語っている。「私は、2003年から2年間にわたって縄文遺跡のフィールドワーク(北海道から沖縄に至るまで)の旅に出ました。多様で豊かな“縄文の宇宙”が語りかけてくれたものは、久遠の時が途切れることなく現在に至るまで 生成し流れていることの神秘とリアリティでした」。環状列石(ストーンサークル)はあたかも生と死がメビウスの帯のごとく表裏一体を成している象徴のようであり、そのことは、日本における我々の祖先信仰と霊に対する親密な接し方が 未だに続いていることを物語っている。作品は、「生」のメタファーとして太陽系の9つ惑星群の運行を数値化して、LEDの発する9色の光と速度によってそれぞれの惑星の多様な運動性を表している。9色の光を蓄え込んだ9体の環状列石を 象った人工石は、「死」のメタファーとして林立し、あたかも生と死が何の矛盾もなく一体化されているかのようのである。このように仏教曼陀羅のようなマルチ・ディメンションの構造をもつ環状列石は、混沌とした不条理な配列の中にある 宇宙の秩序そのものである。作家は「自然の摂理である生命体の誕生と死は、天に向けられた環状列石の石柱によってその繰り返しの連続から解放され、外的なものと内的なものがひとつになっており、高次元な空間と繋がるアンテナのようなもの ではないかと想像しました。現代において最も定義し難くなってきている『永遠』や『再生』というテーマを浮かび上がらせるために、作品『トランス・サークル』の制作を試みたのです」と語っている。

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オノデラユキ(1962〜)
「月の裏側 No.1」(2020)

写真家としてのオノデラの制作と思考は、一貫して、世界の模倣、写し、記録装置としての写真のありかたに揺さぶりをかけるような、〈写真の存在論〉や〈カメラの存在論〉の探究に捧げられてきた。 本展出品作品「月の裏側」は、コラージュ、ペインティング、フォトグラム、ドリッピングといった行為を刻印した作品である。「月の裏側」が存在することは自明であっても、常に一方向からは見えない存在であるのが「月の裏側」である。 オノデラ曰く「このタイトルをつけるきっかけとなったのは、中国が月の裏側に探査機を着陸させロボットを走り回らせて調査をするという計画を知ったことだった。月は太古の昔から眺められ、あるいは凝視され多様な文化と文明を育んできた。 月が球体と認知された後でさえ、闇夜に黄色く光る球体をまるで平らな円盤を見るかのように振る舞ってはいないだろうか。それなのに、我々からは見えない側に飛んで行ってそこをロボットが走り回るなんて、まるで小説のようではではないか。 しかもそのロボットの名前は『玉兎』という名なのだ」と語っている。「私のこのシリーズ、『Darkside of the Moon』の被写体はもちろん月の裏側などではなく、この地球上の出来事である」(オノデラユキ)。3点一組の作品「月の裏側」は、 風景の一部がそれぞれ切り取られ、その切り取られた部分が隣り合わせとなった作品風景にコラージュされ入れ替えられていく。「コラージュされた写真同士が『切断』と『溶解』を繰り返す。これによって普段は我々には見えない視覚と認識の 裏側を見せられるような、目眩を起すような場が出現する」(オノデラ)。「宇宙のはじまりとおわり」を想起させるこの作品は、多元宇宙論に基づいた「ワームホール」を通して別の宇宙へ反転できる可能性を示唆している。

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第3展示室:「隠喩としてのスターチャイルド」
出品作家:ネリ・オックスマン/ジェームズ・ブライドル/プロトエイリアンプロジェクト

人類を超越する存在とは何か?第3展示室では、この命題を探求するアーティスの表現を紹介する。「2001年宇宙の旅」では、ボーマンを船長とし、人工知能「HAL9000」によって制御される宇宙船ディスカバリー号は、木星への途上にあった。ボーマンは遂にスターゲートでワームホールを潜り抜け地球外知的生命体と遭遇し、肉体を脱した精神のみの生命体(スターチャイルド)へと進化していく。この展示室では、「スターチャイルド」をメタファーとして捉え、地球外に存在するかもしれない生命(的なもの)を、人工的に誕生させることに挑むアートプロジェクト、そして言語、知性、新しいテクノロジーや人間以外の種との関係を反映した映像表現、さらに生命を維持する要素を生成するように設計された微生物の形で生物学的対応物を提供するプロジェクトを芸術的表現として提示する。

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ネリ・オックスマン(1976〜)
「流離う者たち」(2014)

地球以外の惑星への旅行には、人間に生存不可能な危険な環境が含まれる。例えば、無重力、有害な大気、暗所での途方もない長時間滞在、ガラスを沸騰させたり二酸化炭素を凍らせたりするような極限的な温度など、 人間が生きられる可能性がほとんどないような場所である。
ネリ・オックスマン が率いるMITのメディエイテッド・マターズ・グループの《流離う者たち》シリーズは、太陽系のそのような惑星空間で移動・居住する者のために 3D印刷で設計された衣服型の人工臓器である。本作は、古代人が生命維持に必要と考えた4元素(土・水・空気・火)から着想され、太陽系の各惑星の特定の環境と遺伝子組み換え微生物が相互作用することで、生命を維持するために 必要な十分な量のバイオマス、水、空気、光を生成するように設計されている。ある微生物は光合成によって日光をエネルギーに変換し、別の微生物は生体鉱物形成作用によって人間の骨を強化・増強したり、暗闇の中で道を照らすために 蛍光を発したりする。それぞれの人工臓器では、複合素材による3 D印刷と合成生物学の融合が試みられており、その形態は、コンピュータのアルゴリズムによって生物の成長過程を模倣することで生成されている。「2001年宇宙の旅」 において人間は宇宙空間で分厚い鈍重な宇宙服を纏うことでしか生を獲得できなかったが、本作は、これまで進化の過程で築かれた身体構造の限界を超えて人工的に環境に適応する人類の姿を思弁してみせる。

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ジェームズ・ブライドル(1980〜)
「Se ti sabir」(2019)

《Se ti sabir》は、かつて地中海に実在した古語を軸に、人間が、人工知能や人間以外の生物種とお互いに理解し合うための新しい方法を問いかける映像作品である。
作品のタイトルは、地中海で800年以上にわたって話されてきたピジン語「リンガ・フランカ 」 の挨拶の言葉に由来する。「リンガ・フランカ」は、トルコ語、イタリア語、カタロニア語、オシタン語、ベルベル語、ギリシャ語、アラビア語など 異言語間の人々が意思疎通を図るために用いた混成言語で、主に地中海で貿易する商人や船乗りたちの間で使われた。「sabir(サヴィア)」は、英語の動詞「to know」であり、「知っていますか?」ひいてはコミュニケーションの 不可能性を前提とした「私たちはお互いに理解できますか?」という問いかけでもあったが、徐々に「こんにちは」を意味する挨拶として定着していったとされる。つまり、「sabir」は、文法も単語も共有しないもの同士が共通の コミュニケーションの方法を生み出す最初の瞬間を象徴する言葉だったといえる。
キューブリックの「2001年宇宙の旅」では、人工知能は人間と究極的には理解し合うことができない存在として描かれたが、本作でも、 作家は、人工知能を、タコやアンモナイトのような頭足類がもつ原始知性と比較し、人間とは根本的に異なる知性をもつ新しいエイリアンに見立てている。しかし、「2001年宇宙の旅」と異なり「Se ti sabir」が暗示するのは、 人間以外の知的な生物とのコミュニケーションの不可能性ではなく、個や種すらも横断するネットワークとしての知性の可能性である。
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ナレーション日本語・英語(PDF)

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プロトエイリアン・プロジェクト(Proto-A)
「FORMATA」(2020)

もしも、地球にいながら、他の惑星に存在する生命を人工的につくることができるとしたら?
《プロトエイリアン・プロジェクト(Proto-A)》は、地球外に存在するかもしれない生命(的なもの)を、 人工的に発明することに挑戦するプロジェクトである。作品内に、原始的な惑星を模した環境をつくり、その中で地球の生命としてはありえない物質で構成された「エイリアン」の存在を仮構する。ミニ惑星を再現した実験装置の中で、 宇宙空間にある液状物質(ホルムアミド)は、水や酸素がない環境でも、能動的に移動、変形、分裂、成長し、秩序ある構造をつくりだすという意味で、限りなく生命に近い振る舞いをする。極小の非人間的な物体にも関わらず、 まるで意志をもって動き回っているようにみえる本作は、生命と非生命の境界から、生命とはなにか、という根源的な問いを投げかける。
「2001年宇宙の旅」では、知性をもったモノリスという不可思議な存在が描かれることで、 地球の水を基盤として生まれた生命とは別次元の存在が示唆されたが、本作は、ミクロスケールの物質が生命のように振る舞うことを実際に可視化することで、人間にはまだ知られていない、新たな種類の生命のような地球外存在についての 思索をもたらす。

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第1〜3展示室テーマ解説
飯田高誉

作品解説(赤瀬川原平、アニッシュ・カプーア、ダレン・アーモンド、森万里子、オノデラユキ)
飯田高誉

作品解説(ピエール・ユイグ、ジェームズ・ブライドル、ネリ・オックスマン、プロトエイリアン・プロジェクト(Proto-A))
高橋洋介
キュレーター飯田高誉による展示解説ツアー(360° 映像)
赤瀬川原平
1937年神奈川県生まれ。前衛芸術のみならず、マンガ、文筆、写真など様々な分野で活動した。55年に武蔵野美術大学入学後、58年に読売アンデパンダン展に初出品し、60年に吉村益信らと「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を結成。63年には高松次郎、中西夏之と共に、「ハイレッド・センター」を結成し、「ミキサー計画」として《模型千円札》や梱包作品を発表したほか、屋上から物を落とす「ドロッピング・イベント」や、「首都圏清掃整理促進運動」などのパフォーマンスを行う。64年、《模型千円札》が違法であると起訴され「千円札裁判」が開始、有罪となる。赤瀬川は70年代からはマンガや小説を手がけ、71年には「櫻画報」によってパロディーマンガ家としての地位を確立するほか、81年に尾辻克彦名義で発表した小説「父が消えた」で第84回芥川賞を受賞。99年にはエッセイ『老人力』(筑摩書房、1998)がベストセラーになるなど文筆業でも話題を集めた。80年代からはカメラを手にし、町中にある奇妙な物件などを撮影する「超芸術トマソン」「路上観察学会」「ライカ同盟」と名付けた活動を開始したほか、96年からは美術史家の山下裕二と「日本美術応援団」を結成、いずれも亡くなる直前まで活動する。2014年没。
photo by二塚一徹
アニッシュ・カプーア
1954年インド・ムンバイに生まれ、1972年にロンドンに渡り、チェルシー・カレッジ・オブ・アート入学。ヨーロッパのモダニスムとインド文化を融合させ、シンプルなフォルムの中に深い精神性を表す作品が特徴。「物質・非物質」「明・暗」「地・空」など、一つの作品に二重の意味合いを込めた「両義性の作家」とも評されている。芸術界のアカデミー賞と言われるテート・ブリテン主催のターナー賞(1991年)を受賞。ヴェネチアビエンナーレにイギリス館代表として出展(1990年)。ロイヤル・アカデミー(ロンドン)で個展(2009年)開催。2011年高松宮殿下記念世界文化賞受賞。ロンドン・オリンピック2012の記念モニュメントである螺旋状の鉄の塔《オービット》(高さ115メートル)のデザインも手掛けた。また東日本大震災の文化復興支援計画として磯崎新氏と協働し、東北地方を巡回する可動式コンサートホール《アーク・ノヴァ》のデザインも担当した。ヴェルサイユ宮殿で個展開催(2015年)し大きな反響を得る。2018年には、「アニッシュ・カプーア IN 別府」(別府現代芸術際)にて大作「SKA MIRROR」を公園に設置し、仮設展示パヴィリオンにて展覧会『コンセプト・オブ・ハピネス_アニッシュ・カプーアの崩壊概論』展を開催した。
photo by Gautier Deblonde
ピエール・ユイグ
1962年パリ(フランス)生まれ。現在ニューヨークを拠点として活動。ピエール・ユイグの作品は時折、それ自体が状況に応じるネットワークとなって、学習・進化する様々な知的生命体(生物学的・工学的を問わず)と物質の連続性を示す。それは、没入的で、偶発的で、絶えず変化する環境であるだけでなく、様々な可能性を秘めた場所として存在し、フィクションに溢れ、不確定で分類できず、鑑賞者を重視しない。この数年間、人間以外の視点を研究し、《未耕作地》(ドクメンタ13、2012)や《無題(ヒューマン・マスク)》 (2014)といった作品は、鑑賞者は必ずしも必要ではないという感覚をもたらす。彼の作品は世界的に知られ、世界中のさまざまな展示会で紹介されており、ナッシャー彫刻賞 (2017年)を含む数々の賞を受賞している。即ち、2015年、クルト・シュヴィッターズ賞。2013年、ロズウィタ・ハフトマン賞。2010年、スミソニアン博物館現代美術家賞。2002年、グッゲンハイム美術館ヒューゴ・ボス賞。2001年、ヴェネツィア・ビエンナーレ審査員特別賞。1999-2000年、ドイツ学術交流会アーティスト・イン・ベルリン・プログラムなど。直近では「岡山芸術交流2019」の芸術監督を務めた。近年の主な個展に「UUmwelt」(2018、サーペンタインギャラリー/ロンドン)、「屋上庭園」(2015、メトロポリタン美術館/ニューヨーク)、「ピエール・ユイグ」(2013、ポンピドゥセンター/パリ。2014、ルドウィグ美術館/ケルン。2014、ロサンゼルス・カウンティ美術館/ロサンゼルス)など。また彼の作品は、様々なグループ展に出品されている。《来たる人工生命の来世》は「ミュンスター彫刻プロジェクト」(2017、ミュンスター/ドイツ)に展示された。その他「ティノ・セーガル」(2016、パレ・ド・トーキョー/パリ)、「第14回イスタンブールビエンナーレ『ソルトウォーター:思考形式の理論』」(2015、イスタンブール)、「ドクメンタ13」(2012、カッセル)など。
Pierre Huyghe portrait copy right Ola Rindal
オノデラユキ
1962年東京生まれ。独学で写真技術を身につけて作家活動をスタートさせ、91年に第1回写真新世紀展優秀賞を受賞。93年に渡仏し、2003年に写真集『カメラキメラ』で第28回木村伊兵衛賞、2006年にはフランスにおけるもっとも権威ある写真賞、ニセフォール・ニエプス賞を受賞するなど世界的な活動を続けている。これまでオノデラは、カメラを改造する、モノクロ写真に着彩するなど、記録装置としての写真のあり方に揺さぶりをかけるような作品を制作。カメラの機構やプリント、撮影行為のすべてにおいて造形行為や演出がなされ、カメラと写真というテクノロジーに潜在する造形的な可能性を拡張しようとしている。おもな個展に「森の中の千の鏡」(国立アートセンター、フランス、2014)、「オノデラユキ」(ヨーロッパ写真美術館、パリ、2015)、「エキスパートの眼」(国立ニセフォール・ニエプス美術館、フランス、2016)、「動きを求めて: マイブリッジ、ロダン、オノデラユキ」(静岡県立美術館、2017)など。作品はポンピドゥー・センター(パリ)を始め、サンフランシスコ近代美術館、ポール・ゲッティ美術館(アメリカ)、上海美術館、東京都写真美術館など、世界各地の美術館に所蔵されている。
森万里子
1967年に東京に生まれ。日本の伝統美や仏教と現代日本のサイバー的文化状況、そして先端技術を融合させた作品を作り続け、ベネチア・ビエンナーレの優秀賞受賞(1997年)をはじめ、2005年年の『ヴェネツィア・ビエンナーレ』に出品されたインタラクティブ・インスタレーション『WAVE UFO』が改めて高く評価を受けると、この作品はオランダのグローニンガー美術館で開かれた個展『Oneness』でもフィーチャーされ、グローニンガー美術館(オランダ)、アロス・オーフス美術館(デンマーク)、ピンチュック・アート・センター(キエフ、ウクラ イナ)を巡回した。これまでに海外での個展はロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ、ポンピドゥ ―・センター(パリ)、プラダ財団(ミラノ)、シカゴ現代美術館、ブルックリン美術館(ニューヨーク)、サーペンタイン・ギャラリー(ロンドン)、ロサンゼルス・カウンティー美術館、ブレゲンツ美術館(オーストリア)などで開催され、また国内での個展は、東京都現代美術館をはじめ、東京⼤大学総合研究博物館、エスパス ルイ・ヴィトン等、多数企画開催された。主な所蔵先は、グッゲンハイム美術館、ニューヨーク近代美術館、ポンピドゥー・センター、ルイ・ヴィトン財団、プラダ財団、国内では資⽣生堂、六本木ヒルズ、ベネッセアートサイト直島など、その他多数の国内外の美術館に森の作品が所蔵されています。
photo by David Sims
ダレン・アーモンド
1971年にイギリス、ウィガン生まれる。ロンドンを活動拠点とし、「センセーション」展(ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ、ロンドン)に出品参加し、YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)を代表するアーティストとして高い評価を得る。また、その後、ターナー賞(テートギャラリー)にノミネートされるなど国際的な活動を行っている。2001年にはターナーへのオマージュとして月光によって撮影された作品シリーズを個展形式で出品した展覧会「Night as Day」(テートギャラリー、ロンドン)が企画された。写真や映像、絵画など多様な表現様式によって自然現象や歴史的記憶を刻印していくことを作品化している。古より続く時間の流れや記憶に着目するアーモンドは、世界各地の古代遺跡や産業遺跡、自然を旅し、作品制作の重要なヒントとしてきた。1990年代より日本にも訪れ、京都・比叡山の千日回峰行を撮影した映像インスタレーション《Sometimes Still》(2010)、茨城県の桜を撮影した写真シリーズ「Day for Night」(2006)などを手がけている。最近では、「In The Light of Time」(Jesus College,ケンブリッジ、2019)や「Timescape」(ジャン大公現代美術館、ルクセンブルク、2017)、国内では「ダレン・アーモンド:追考」(水戸芸術館、茨城、2013)などで個展開催。
Copyright 2018 Stephen Schauer
ネリ・オックスマン
1976年2月6日生まれイスラエルのHaifaで生まれ育つ。1997年、エルサレムにあるヘブライ大学の医学部に入学。2年ほどするとイスラエル工科大学のテクニオンの建築課へと編入。その後、イギリス・ロンドンにある私立建築学校で、卒業生の多くに*プリツカー賞受賞者を輩出するなど実績のある英国建築協会付属建築学校(通称AAスクール)を2004年に卒業。翌年の2005年にMITで博士号を取得する為にボストンに移住。2010年には準教授としてMITに勤務開始。2018年現在はメディアラボで研究に従事するかたわら、アーティストとしても精力的に活動中。
Photo: Noah Kalina, 2017
ジェームズ・ブライドル
1980年生まれ。コンピュータ・サイエンスと認知科学を学んだのち,現在はテクノロジーや規律をテーマに,アーティスト,ライターとして活動.監視カメラやIoT,人工知能(機械学習)に認識させるためのイメージや情報が増加した現代における新たな美学を探る試みである「New Aesthetic」の中心的論者としても知られる。2018年6月に,初の単著『New Dark Age』を刊行。
Photo: Mikael Lundblad
プロトエイリアン・プロジェクト(Proto-A)
2019年にホアン・カストロ、久保田晃弘、豊田太郎によってはじまった、宇宙生物学、化学、 メディアアートに関する学際的なラボ。「非人間的エージェンシー」「生きているものらしさ」「地球外生命」が交錯する領域の創作と探求を行う。芸術表現のための能動的なメディアとしての「地球外有機物(ETOM)」に着目し、ETOMの自己組織、形態形成能力、非線形挙動を、柔らかく、自発的で知的な「他者」へと成長させることで、地球外環境におけるマテリアル・エージェンシーを創発する。

2021年宇宙の旅 モノリス
_ウイルスとしての記憶、そしてニュー・ダーク・エイジの彼方へ

主催
GYRE / スクールデレック芸術社会学研究所
会期
2021年2月19日(金)- 4月25日(日)
会場
GYRE GALLERY 東京都渋谷区神宮前 5-10-1 GYRE3F Tel.03-3498-6990
企画
飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
企画協力
高橋洋介(キュレーター)
デザイン
長嶋りかこ(village ®)
意匠協力
C田VA(小林丈人+太田遼+髙田光)
機材協力
Suga Art Studio
協力
協力:森美術館、公益財団法人石川文化振興財団、Yumiko Chiba Associates, SCAI THE BATHHOUSE, HiRAO INC
Press Contact
HiRAO INC|東京都渋谷区神宮前1-11-11 #608|T/03.5771.8808|F/03.5410.8858|担当:御船誠一郎 mifune@hirao-inc.com
出展作家
赤瀬川原平(日本、1934〜2014)、アニッシュ・カプーア(イギリス、1954年〜)、ピエール・ユイグ(フランス、1962〜)、オノデラユキ(日本、1962〜) 、森万里子(日本、1967〜)、 ダレン・アーモンド(イギリス、1971〜) ネリ・オックスマン(アメリカ、1976〜)、ジェームズ・ブライドル(アメリカ、1980〜)、プロトエイリアン・プロジェクト(Proto-A)
※ 本展覧会は、映画「2001年宇宙の旅(原題「2001 a space odyssey」)」及び当該映画の管理を行うワーナー ブラザーズ エンターテインメント インコーポレイテッドとは一切関係がありません。